第1章:理性崩壊寸前の密室空間

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「……あ」  そんな声が漏れてしまったのは、エレベーターの中という密室した空間の中での出来事であった。  中条とそんな会話をしてから数日後、オレは朝の回診をするためにエレベーターに乗っていた。医局がある2階からエレベーターに乗っていたのだが、すでに1階からは数人の医者と看護師が同乗していた。それだけなら特段問題はなかったのだが、その中に桐ヶ谷の姿を見つけてしまった。 「あら、瀬川先生。これから回診ですか?」 「あ、ええ。まあ、そういうところです」  おそらく桐ヶ谷と一緒に行動をしていたのだろう。桐ヶ谷と同じ病棟の係長である早川さんがオレのことを見つけ、いつものように穏やかな口調で話しかけてくれる。  それとは対照的に、桐ヶ谷は不機嫌そうな表情を隠そうとはしていなかった。 「……さっさと奥に詰めたら良いんじゃないですか。これから乗ってくる人の邪魔になりますから」 「あ、ああ……」  ツンツンしている桐ヶ谷を見て、オレは内心で苦笑いを浮かべた。  桐ヶ谷に言われた通り、オレはエレベーターに乗ると一番奥まで進んで向きを180度変える。隣には桐ヶ谷がおり、桐ヶ谷の前には早川さんがいるというポジションだった。そして、早川さんの隣には呼吸器内科の男性医師がおり、何やら早川さんと親し気に話し始めた。  大学病院という規模のエレベーターになると、10人やそこらが乗った程度では、定員オーバーには程遠い。実際にエレベーターの右上にある積載表を見ると、30人まで乗ることの出来るエレベーターだったようだ。  目的である消化器内科の病棟は12階にあったが、エレベーターは各駅停車を繰り返しており、各階で数人ずつが乗ってくるという感じだった。そして、エレベーターが7階を過ぎると、段々と乗っている人の数を数えるのが難しくなってくる程の人口密度となっていた。 「あら、そんなことがあったんですか。面白いですね、ふふふ」 「いやぁ、それが本当にも面白くてね。早川さんに会ったら話さなくてはいけないと思っていたんだ」  40歳くらいの医師……確か、名前は三木先生だっただろうか。三木先生は隣にいる早川さんと、何やら親し気に話している様子だった。  その陰になっているという形で、オレと桐ヶ谷は隣同士に並んでいるものの、特にこれといって会話をするわけでもなく、無言のままエレベーターに揺られ続けていた。 「……そういえば、田中さんの容体はどうですか?」 「腹水は徐々に増加傾向。呼吸苦はありませんが、全身の浮腫が著明です。このまま腹水穿刺を繰り返すんですか? CARTはしないんですか?」  世間話をするつもりはなかったのだが、ふとオレは消化器内科で気になっている患者さんの話題を振ることにした。  ちなみにその患者さんはオレの担当ではなかったが、その治療方針を巡っては看護師と医師の間で相違が見られているようだった。
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