第1章:理性崩壊寸前の密室空間

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「っ、なっ、何してるの!? こんなところ見られたらっ!」 「誰もこっちを振り向けるほどのスペースは無いし、これくらいなら良いかなって」  そんな桐ヶ谷にちょっとだけイタズラをしてみたくなってしまったオレは、桐ヶ谷と触れ合っている右手の人差し指を、ゆっくりと桐ヶ谷の左手の人差し指に沿わせていく。  もちろん、桐ヶ谷は驚いたように抗議の声を上げる。 「バカバカっ! これくらいもそれくらいも無いわよ! こういうのは2人っきりのときに」 「いや、桐ヶ谷が可愛すぎたから、つい」 「ついって……んんぅっ!」  桐ヶ谷が大きな声を出せないことを良いことに、オレは桐ヶ谷の指先を自分の指先で往復させることを繰り返していく。  大きな声や音を立てれば周りに見つかってしまうというハイリスクがあったためか、桐ヶ谷は特にこれと言って物理的に抵抗する素振りは見せなかった。その代わりに、オレにだけ聞こえるようなくらいのか細い声が漏れ出していて、嫌でももっとしたくなってしまう。 「それでね、早川さん。今度、もし良ければだけれども」 「あら、そのお店をご存じなんですか? そのような場所を知っているなんて、素晴らしいですね」 「それで、あとの患者は上層のフロアにいるのか?」 「ええ、13階の緩和病棟と、14階の放射線・化学療法のフロアに数名ずつ」  オレにとっては幸いなことに、エレベーターに乗っている職員たちはそれぞれが好き勝手話していたため、オレたちの様子に気が付く人は皆無だった。  各駅停車してしまう分、今日はやたらとエレベーターに乗っている時間が長く感じてしまう。 「せ、瀬川くっ、そっ、そんな触り方しないで! 触るなら、ちゃんと握ってよ……」 「桐ヶ谷……」  まるでこの前の続きと言わんばかりに、桐ヶ谷の表情が惚けてしまっていたため、オレはこれ以上のイタズラはやめようと自制心をはたらかせた。  そして、桐ヶ谷の要望に応えるように、桐ヶ谷の左手に自分の右手を絡ませる。 「……後で覚えてなさいよ」 「……ごめんなさい」  辱めを受けてしまった思いからか、桐ヶ谷は顔を真っ赤にさせながら口を尖らせる。少々やり過ぎてしまったかと思ったオレも、ここは素直に謝罪する。 「こういうのは、ここじゃダメ。ちゃんと……2人っきりになったら、ね?」 「お前……ナチュラルにそういうこと言うのは反則だろ」  職場で一体何をやっているんだと思いながら、それでも自分の彼女がめちゃくちゃ可愛いことは否定できなかった。  ああ、もう一気に時計が17時にならないだろうか。そうすれば、桐ヶ谷と隠すことなく触れ合えるのに!  エレベーターに乗っているのが2人っきりだったら、桐ヶ谷を襲わないという自信はまったくなかった。 「はぁ~、ようやく着いたわね。あら、桐ヶ谷さん? 大丈夫かしら? なんだか顔が赤いみたいだけれど、体調でも悪いのかしら?」 「えっ、あっ、いえ! だ、大丈夫です!」  エレベーターがようやく12階に着き、前にいた早川さんがこちらを振り向く。そして、桐ヶ谷の様子が変なことに首を傾げながら声をかけた。  桐ヶ谷は首を振り、早川さんと一緒にエレベーターを降りていく。それについていくように、オレもエレベーターを降りる。  もちろん、後でめちゃくちゃ可愛い桐ヶ谷に怒られたのは言うまでもない。
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