プロローグ:17時までは仕事モード

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「あらあら、今日もあなたたちは微妙にギクシャクしているのかしら? まったく、毎日のようにやっていて飽きないものね」 「早川係長……別にオレたちはそういうつもりではないのですが」  通りがかった病棟係長である早川さんが、面白おかしく微笑みを浮かべていた。 「まあ、あなたたちは職種は違うとはいえ、同期だもんね。同世代の仲間なんてどんどん減っていくのだから、大事にしておいた方が良いわよ?」 「いや、ですから別にそういうわけでは」 「係長、無駄口を叩いていないで仕事してください。まったく、本当にお節介なんですから。私たちは、別にそんな仲の良い同期なんかじゃないですから」 「あーん、そんなこと言わないでよぉ。ただでさえ看護部の上司からどやされて傷ついているのに、そんなこと言わないでぇ」  こちらを振り向かずに切れ味鋭い口調で桐ヶ谷に釘を刺され、早川さんは悲し気な表情と泣き言を漏らしながら、病棟のトップである師長のデスクへと戻って行った。どうやら、今日は師長が不在のために代行で仕事をやっているらしかった。  早川さんは係長という、病棟でナンバー2のポジションを担っている人である。他の病棟の係長が軒並み40代を超えている中、早川さんだけは30代前半という、看護師の世界ではあり得ないほどの速さで昇進していた。いつも穏やかな表情でマイペース、年齢が若いということもあってか、今みたいに桐ヶ谷をはじめとする若手世代からは話しやすい立場にいる人だった。看護師と言えば気が強くてテキパキと仕事をしている人が多いイメージだが、早川さんのようなタイプの看護師も少なからず存在している。30代前半という年齢にも関わらず、周りが驚くほど容姿端麗で若く見える人だった。  そんな早川さんは、医師であるオレにも気兼ねなく話してくれているため、正直なところ助かっていることが多い。医師と看護師という犬猿の仲とでも呼べるほどの両者の関係の中にあって、早川さんのような人物は非常に貴重だった。実際、看護師は医師の手駒だと思っている医師も多く、古くから医師は崇拝されている立場というパターナリズムは、未だに払拭されていない病院も多い。 「……いつまでそうやって突っ立ってるんですか? 早く回診して、指示の変更があるなら入力してください。引き継ぎの時間帯に色々と指示を変更されたら、次の勤務者が混乱して迷惑がかかりますから」 「……はいはい、分かったよ」  早川さんの後ろ姿を追っていたせいか、桐ヶ谷がカルテの入力を終えて立ち上がっていることに、オレは気が付いていなかった。  桐ヶ谷はやや不機嫌そうに、そして攻撃的な口調でオレを責め立てるようにして、ナースステーションから追い出そうとする。そんな桐ヶ谷に、オレは再び心の中でため息をつきながら、夕方の回診に戻ることにした。  ……もうちょっと自然体で振る舞って欲しいところなんだけどな。いくら同期だからって、いつもこんな言い合いをする関係っていうのも、何か不自然な気がするんだよな……。
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