プロローグ:17時までは仕事モード

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「だって……病院の誰にもバレちゃダメって思ったら、自然と突き放すような行動を取るようになっちゃったんだもん。もしこの関係が周りにバレたりしたらって思うと……何だかものすごく怖くなる」 「桐ヶ谷……」  桐ヶ谷が不安に思うのも、無理はなかった。  オレと桐ヶ谷が所属している大学病院は、県内でもトップクラスの職員数を誇る。医師が約600人、看護師が約1200人くらいいたはずで、薬剤師や理学療法士・作業療法士などすべての職種を合わせると、3000人を優に超えてしまっている。中には社内結婚、つまり病院内で夫婦として働いている人たちは数多くおり、社内恋愛の数に至っては数えきれないほどのカップルが出来上がってしまっている。  しかし、それはただ単に良いことばかりではない。なにせ、3000人を超える職員数のネットワークだ。その網に掛かってしまっては、誰と誰が付き合っているという情報なんて、半日もしないうちに院内中に広まってしまう。そして、その後に待っているのは周りからの好奇の視線だ。現に、そんな周りからの冷やかしに耐えることが出来ずに、やむなく別れてしまうカップルも多くいるらしい。若い世代にとっては放っておいて欲しいと思うところであるが、中堅からベテランの年代からすれば、そのような面白そうな話題は大いに越したことはないのだろう。年齢が上がるほど、その手の話題に敏感に食いついてくるイメージがある。  そして、病院内で最も危険とされているのは浮気だ。付き合っている段階のカップルだけでなく、既に結婚しているにも関わらず、夫や妻ではない他の男や女のところへ走っていき、様々な問題を勃発させることが多いというのも、病院ではありがちな出来事だった。特に新人の研修医や看護師は、浮気相手となってしまいやすい傾向にある。 「今まで、社内恋愛が周りにバレて辞めちゃうところまで行った友達も見てきたし、周りから冷やかされるのもイヤ。私は、私のペースで瀬川くんと一緒の時間を過ごしていきたい。うちの病棟のベテラン勢もそういう話は大好きだし、どこで誰が見ているかなんて分からないから。本当にうちの病院の情報網って、怖くてイヤになる」 「確かにな……うちの部長も、この前浮気騒動の渦中に巻き込まれたばかりだもんな。よせばいいのに、若い看護師なんかに手を出すから。いくら奥さんが専業主婦しているとはいえ、同じ病院内で浮気するなんてリスクが高すぎるよな」 「……そんなこと言って、瀬川くんも今日同じようなことしようとしてなかた?」 「えっ?」  桐ヶ谷がクルっと180度向きを変えて、足を真っすぐにオレの両脇へと伸ばしてくる。頬を膨らましている辺りを見ると、何だか少しだけ不機嫌そうにしていた。
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