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第1章:理性崩壊寸前の密室空間
「おっす、瀬川! なんだか今日は機嫌が良さそうだなぁ? さてはお前、彼女と良いことでもあったか?」
「中条か……彼女なんていないと、何度も言ってるだろ? まったくお前は、そんなことだから次々と合コンに行っては玉砕しているんじゃないか?」
翌日の朝、桐ヶ谷と別れて病院へと行くと、医局(看護師で言うところのナースステーション、つまり詰め所みたいなところ)で同期の中条と遭遇した。
中条とは同期入社であり、年齢もオレと同じだ。今時の若者らしいと言えばそうなのかもしれないが、ワックスで髪をツンツンと立てており、傍から見るとあまり医者には見えない容姿をしている。身長はオレと同じく175cmくらいで、循環器内科の医者をしている。親が循環器内科のクリニックを開業しているらしかった。ちなみに、医局ではオレと隣同士のデスクであるため、こうして何かと話をしたり、飲みに行ったりすることが多い。
中条からの指摘に平然と嘘を言ってのけたオレだったが、内心は先ほどまで桐ヶ谷の可愛い寝顔を見ていたため、少なからずその幸福感が残ってしまっていたのかもしれない。桐ヶ谷は今日は休みということだったが、オレが家を出て少し経ったら自分も出て、自分のアパートに帰るとのことだった。ゆっくりしていっても良いと伝えたが、そこはしっかりと自分を甘やかさずに線引きをしているらしい。まったく、出来た彼女である。
これ以上中条にツッコまれて聞かれないように、オレは気を引き締め直して白衣に身を包んだ。
「そう言えば、聞いたか? お前のところの部長、呼吸器内科の病棟にいる看護師と浮気してたってヤツ」
「ああ……病院中で噂になっているよな」
昨日も桐ヶ谷と話していたことだったが、今日も医局をはじめとする病院内では、その話題で持ちきりのようだった。
オレが所属している消化器内科の部長……つまり、オレの上司であり消化器内科のトップである医者が、病棟の若い看護師と男女の関係を持ってしまったらしい。部長は確か50歳を少し過ぎていたはずであり、家には専業主婦をしている奥さんがいたはずだ。
どこからその情報がリークしたかは分からないが、部長はその翌日からずっと病休ということで来ていないし、浮気相手とされている看護師の方も有給休暇で休んでるとの情報だった。
話の真偽は不明だが、当事者たちがその一件以来姿を見せていないということは、無言は肯定ということなのだろうか。つくづく、文春砲と言うか、この病院のネットワークの広さには、ある意味の恐怖すら覚えてしまう。
別にオレと桐ヶ谷は真っ当な付き合いをしているつもりなので、仮に周囲にバレてしまったところで、何も謝罪や引け目を感じる必要はない。しかし、それとは別に好奇の目に晒されてしまうのは事実だろう。それだけは、何としても避けたいところだった。
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