プロローグ:17時までは仕事モード

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プロローグ:17時までは仕事モード

 現在の日本における夫婦関係のうち、社内恋愛をきっかけとした割合は約4割に及ぶらしい。つまり、10組の夫婦がいたら4組は社内恋愛から発展しているということになる。  出会いのきっかけは様々だと思うが、社内恋愛というのは少なからず周りへ良くも悪くも影響を及ぼすことになる。それは、オレ自身も職場で何度か経験していることだ。もちろん、影響を受ける方で。 「あ、瀬川先生! ちょっと良いですか? この患者さんの処方内容で確認したいことがあるんですけど」 「ああ、はい。どうしました?」  外来の患者さんの波も引き、間も無く夕方からの勤務者への引継ぎが行われようとしている、午後の4時。オレは病棟に入院している患者さんの夕方の回診を行うために、消化器内科の病棟へと訪れていた。  廊下でとある看護師に声を掛けられたオレは、ナースステーションの中に設置されているデスクトップパソコンの前に座り、自分のIDとパスワードを入力してログインする。そして、自分が担当している患者さんの一覧の中から、目的の患者さんのカルテを開いて、内容を確認する。 「んー……じゃあ、ラシックスの内服は今日までにして、明日からは止めてみましょう。尿量が減ったり、体重が増えるようであれば、また教えてもらっても良いですか? オレからの指示に入れておきますので」 「分かりました! ありがとうございます。先生に電話しようと思っていたんですけど、この時間なら来てくれるかなって思ってました! 先輩に伝えて来ますね!」  オレからの指示を確認すると、オレよりも若いだろうと思われる看護師は、元気よく返事をしてパタパタと看護師たちが引継ぎをしている集団の輪の中に入っていった。  四方を透明なガラス張りで覆われているわけではなく、今どきの剥き出しになっているナースステーション。その中には10人くらいの看護師が何カ所かに集まっていて、ノートパソコンを運ぶワゴンを囲むようにして、可動式の背もたれのない椅子に腰掛けていた。これが引き継ぎのときに広がっている、毎日見慣れている光景である。  オレはパソコンからログオフすると、周囲を見回す。目的の人物がいないことを確認すると、回診の続きをするべく椅子から立ち上がった。 「……瀬川先生、邪魔です。そんなところに突っ立ってないで、どいてもらって良いですか」 「っ、桐ヶ谷さん……」  背後から威圧的な声を掛けられ、思わずオレは振り返った後に後ずさりをしてしまう。デスクトップの前からオレを追い払った桐ヶ谷は、今までオレが座っていた椅子に座り、デスクトップパソコンにログインをして作業を始めた。  内心で軽くため息をついたオレは、彼女の後ろ姿を見下ろす。普段は肩口まで伸びている髪をシュシュで後頭部でまとめている。背筋を伸ばして行儀よくパソコンを操作している後ろ姿は、さながらバリバリのキャリアウーマンを彷彿させた。
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