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母からの電話を切ると、故郷より狭い都会の空を奏は仰いだ。雨上がりの赤い西日が、そこかしこの水たまりに反射している。
4階のベランダから見下ろす東京の街は、赤いタキシードを纏ったように気取って見えた。ギターを片手にバンドのメンバーと3年住んだ東京にとって、まだ奏はよそ者らしかった。
バイト先の居酒屋は、緊急事態宣言のときに仕事がなくなって辞めた。今はデリバリーの宅配のバイトで食いつないでいる。実家への報告はもう少し先にしよう。
「それよりも週末の箱ライブだよな」
奏は気合を入れて、自分の頬を叩いた。まだ20歳、もう20歳。大きな野外フェス……できればプロデビューを夢見る奏の前に、新型コロナ流行という厚い壁が立ちはだかっている。
ライブハウスだってかなり経営は苦しいだろう。オンラインでの安全な観覧といえ、こんな深刻な事態で観客は集まるのだろうか。楽天家の奏でさえ、少々物怖じしてはいる。
つい、今年の正月までは音楽さえあれば生きていけると思っていた。
世界は180度変わってしまった今、何ができるのか。奏はじたばたともがく自分がもどかしく、部屋に戻るとギターの練習に耽った。
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