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時間になりステージに立つと、だだっ広い無人の観客席が辛い。
だが、そんなネガティブな感情は、奏がかき鳴らしたエレキギターの音にすぐさま消えていった。やや走りがちだが巧みなギターに、重厚なベースと情熱的なドラムの音が重なり、ボーカルがエキセントリックな恋物語を歌い始める。
空気の振動を腹の底に感じる。甘美なメロディが鼓膜に、音の粒を振りまくようだ。
この感覚。上手く伝えられたらいい。
そうしたら、きっと誰もが音楽の魔法にかかるだろう。
奏はライトのある天井を見上げた。赤、青、緑、黄……スポットライトの光がカクテルのように華やかに踊っていて、ふと、故郷の花火を思い出した。
幼い頃、父に肩車されて見た夜空に咲く大輪の花は、とても眩しくていつまでも眺めていたいと思っていた。
奏の夢は、もう叶っている。
こんなにも音楽が好きだ。ファンと共有するかけがえのないこの時間を、少しでいいから故郷で待つ家族にも分かってほしい。
熱いビートに酔いながら、奏は誰もいない観客席にありったけの想いをぶつけた。
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