不覚

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「王くん、私は今、仕事で男性用の化粧品の宣伝を考えています。そこで王くんとお話をして、ヒントになったらいいなと思っています。」 未来は、家主である清瀬から王を紹介された時に 「日本語の勉強のために、話し相手になってあげて。」 と言われた。 だから王と話をするときは、言葉の意味が伝わっているか気を使いながら、いつもより丁寧に話すように心掛けた。 「ケショウヒン?ボク、ツカイマセン。」 と王は首を傾げた。 かっこいいことを認めてしまうと、仕草のひとつひとつに、いちいち見惚れてしまう。 「メイクではなくて、化粧水とかクリームは使ってますか?」 その質問に、王は合点がいったように答えた。 「ソレツカイマス。カンソウスルノデ。ヒヤケドメモツカイマス。」 「あぁ、日焼け止めは大切ですね。選ぶときのこだわりはありますか?」 実際、王の肌は健康的な白さできめ細やかだ。 「キマリハナイデス。メイドインジャパン、コリア、オーガニック。イロイロデス。」 「そこは日本人と一緒だね。でも種類がたくさんあって、選ぶのが難しくないですか?」 王は小さく何度も頷いてから言った。 「ソウ、タイヘンデス。ボクハ、ウルオウ?トカカレテイルモノ、エラビマス。」 王と話をしながら、やっぱり特長がわかりやすく伝わるような内容にしなくてはと思った。 「王くん、ありがとうございます。勉強になりました。」 未来は頭を下げた。 「ナニモシテナイヨ。コレデイイ?」 王は不思議そうだ。 「はい、大丈夫です。王くんも何かあったら言って下さいね。私では役に立たないかもしれないけど。」 すると王はその綺麗な手を、胸の前で軽く合わせた。 「デートシテクダサイ。」 未来は思いもよらない言葉に、へえっと驚きの声を上げた。 「王くんなら、デートしてくれる女の子たくさんいるでしょう?」 からかわれてるのかと思った。 「ダイガクノオンナノコ、チャントハナセマセン。ウルサイカハズカシソウデス。」 王の困った様子に、未来は呆気に取られた。 要するに、この超絶イケメンを前にした女の子たちは、キャーキャーと騒ぐかモジモジと照れてしまうと言うことか。 ただ未来が平静を保っていられるのは、単なる年の功というヤツだ。 油断すると、アラサーの未来でさえ、その『ウルサイ』と言われてしまった大学生たちと同じように、浮き足立ってしまいそうになる。 「こんな年上のお姉さんで良ければ、いいですよ。日本語の勉強をしながら、デートしましょう。」 さすがに、おばさんと自ら口にするのは躊躇われた。 そして王は、その瞬間、未来が勘違いしてしまいそうになる程の、満面の笑みを見せた。 「ヤクソクデス。イツイキマスカ?」 あまりに嬉しそうな反応を見せるので、未来は務めてクールに返事をした。 「今やっている仕事が終わったら、行きましょう。 明後日の会議の後なら、スケジュールを決められると思う。また、ここに来て貰えますか?」 「ハイッ。」 その屈託のない笑顔に、クラクラした。 王にお礼を言って見送り、グラスを片付けながら 未来は少しずつ正気に戻っていくようだった。 あの笑顔に当てられてしまった。 男性が美人を前にすると、鼻の下を伸ばす気持ちが、初めて分かったような気がする。 「仕事、仕事。」 恋愛とは確実に異なるこの気持ちが、今回の仕事には必要なものだと思った。 と同時に、淡いときめきさえ仕事に結びつけてしまう自分を憐んだ。
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