不覚

1/2
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

不覚

未来(みき)は僅かに入り口を開けて、外の様子を伺っていた。 そのために机も移動して、明後日の会議に持っていくためのコピーを考えながら、目線をそこへ移す。 週末は久しぶりに街に出掛けた。 スキンケアとは言え、男性が化粧品の類を使うなんて、未来の中では常識ではない。 だから若い子が集まる通りやショップを、リサーチしたのである。 芸能人の男の子が、メイクをしてテレビに出ているのは知っているが、果たして普通の男の子はどうなのか疑問だった。 しかし驚いたのは、キレイな男の子が結構いることだ。 おしゃれな男性は周りにもいるが、今まで街を歩いていて、男性をキレイと思うことはなかった。 注意深く目を配ったことがなかったからかもしれないが、未来は女性である我が身を振り返り、反省してしまった。 会議の中で案として出ていた幾つかのパターンに合わせて、コピーを考える。 ファンデーションや口紅といった類は、化粧品を使ったことがない人でも、その用途は明白だ。 でも基礎化粧品は、特に初心者にはわかりにくいだろうと言うことで、特長がシンプルに伝わるような内容にすることになっていた。 喉が渇いて、アイスコーヒーでも飲もうかと立ち上がった時だった。 家の前を誰かが通り過ぎた。 未来は慌てて、引き戸開けて顔を出した。 「(おう)くん。」 未来は待ち焦がれていた、その背中に声を掛けた。 声を掛けられた王は、突然のことに少し驚いた様子で振り返った。 「ミキサン、ドウシマシタカ?」 「突然ごめんね。時間があったら少しお話ししませんか?5分でも10分でもいいの。」 王は突然の誘いに目を丸くした後、にっこりと笑って返事をした。 「ハイ。イイデスヨ。」 と引き返してきた。 「ちょうどコーヒーを飲もうと思っていたの。 王くんも飲みませんか?」 「ハイ。ノミマス。ハイッテモイイデスカ?」 「どうぞ。」 と未来は王を中に入れると、少し迷ってから先程と同じように、手の平が入る分だけ入り口を開けておいた。 アイスコーヒーを2つと、真ん中にはチョコレートなどを入れた陶器のお菓子入れを置いた。 事務所のスペースには仕事用の机とは別に、2人掛けのテーブルも置いてある。 未来は王の向かいに座った。 「お菓子もどうぞ。」 未来は右手を出して、王に勧めた。 「アリガトウゴザイマス。」 王は、またにっこりと笑った。 その笑顔を、真正面からまともに受けてしまった未来は、息が止まりそうになった。 まるで内側から優しい光を放っているかのような、端麗さだ。 かっこいい(ひと)というのは、ともすると、かわいいものなのだということも発見した。 未来は、どうしようもなく浮つく気持ちを、何とか抑えながら、声を掛けた理由(わけ)を説明した。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!