Morning kiss before Rouge.

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「なるほど。早起きは三文の得ってほんとかも」  ふとベッドから立ち上がった湊が、スツールに腰掛ける菜摘の隣にやってくる。そしてチークブラシを置いた代わりにグロスルージュを手にした手首をぐっと掴まれ、ルージュを塗ろうとしていた動きを阻まれてしまった。 「朝から菜摘の素顔と、可愛くなっていくとこまで見られて」  一旦言葉を切った湊は、掴んでいた菜摘の手首を離すと、今度はゆっくり肩を抱く。そして反対の手をメイク用品が並べられたドレッサーの上につく。ふっと暗くなった視界に気を取られて『素顔』と『変化のプロセス』をじっくり観察されていた恥ずかしい事実がどこかへ消し飛んだ。 「それにキスする時間も出来るし」 「ちょ……、…ん……」  くすくすと笑う危険信号に反応する前に、あっさり唇を重ねられてしまう。 「みな……!」 「ん。もっかい」  すっと離れた唇は、またすぐに笑みを浮かべる。柔らかい感触が唇を撫でて思わず肩が竦むけれど、瞳を閉じた湊があまりにも気持ち良さそうな顔をするので、つい油断した。 「ふぁ、……む、…んうぅ…」 (えええぇ、なんで朝から舌入れるのおおぉ!?)  今度は貪るように深く口付けられてしまう。激しいキスを受け、抵抗の余地を完全に見失う。  湊の腕に縋りたくなる衝動に懸命に耐える。今スーツのジャケットを掴めば確実に皺になってしまう。けれどそんな理性も……次第に崩落していく。 「あ、ダメだ。これ以上可愛くなられたら、困るんだった」  力が抜けそうになって焦っていると、湊が急に離れた。独り言のような、菜摘に言い聞かせているような言葉をぼそりと呟いて。  にこりと笑う湊が、もう1度小さくキスを重ねる。 「じゃあ、先に行ってるから。また会社で」  そしてまるで何事もなかったかのようにドレッサーから離れて部屋を出て行った湊の背中を、振り返って呆然と見送る。  竜巻のようだ。  突然発生して、蹂躙して、あっと言う間に去っていくその俊敏性と強い力は、菜摘にはとても止められない。  はぁ、と大きな溜息が漏れる。指先で唇に触れると、まだ何も塗っていないはずなのにそこはグロスを重ねたように濡れている。  せっかく完璧に仕上げたメイクを、あっという間に乱されてしまった気になる。もちろんドレッサーの中の鏡を覗いても、さほど大きな変化はないのだけれど。 「キスでキレイになれたら苦労しないよ……」  なんて口では言うけれど。でも確かに今日は化粧乗りが良くて、クマも無くて、肌ツヤがいい。  だから毎日この調子を保てるなら。  ずっとキレイでいられるなら。  湊が他の可愛い女の子に目移りせずに、自分のことだけを見ていてくれるなら。  ルージュの前なら―――毎朝キスしてくれてもいいのに。
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