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こういうの好きじゃないですか?
男の人は知らないでしょ?
可愛い、って大変なんだよ。
最低でも1か月に1回、美容室とまつエクに行かなきゃ、可愛いは保てない。メイク用品は消耗品だし、新しい情報も常にチェックして。服だって毎回同じはイヤ。バックや靴も服に合わせないと浮いちゃうし、下着だって新しくしなきゃね。男の人は下だけでも、女は上下必要なんだよ、下着。
でもそうまでして『可愛い』を頑張るのは、全部あなたのため。あなたの口から『可愛い』って言葉が欲しい。
そんな望みを口にしたら、意地悪な唇はその4文字を私にくれるのかな。
「菜摘、ミルクとストロベリーどっちがいい?」
「ストロベリー!」
湊が手に持っているソフトクリームはミルクも美味しそうだけど、果肉とソースがたっぷりのストロベリーの方が美味しそう!
受け取ったソフトクリームはひんやりとしていて、夏の暑さを少しだけ忘れさせてくれる。一口食べると甘酸っぱいイチゴの酸味と甘みが口の中に広がって、それだけでしあわせな気分になる。
近場でデートをすると会社の人に見つかる可能性があるから、今日は遠出のおでかけ。
ソレイユの人はみんなそう。知り合いや世間や特定の誰かから人目を避けるようにして秘密の関係でいる人ばかり。誰も目立ったデートなんて出来ない。女子3人でテーマパークデートに憧れるよね、ってもう何回話したかわからない。
だから今日は千里のミニバンを借りてドライブデート。好きな音楽をかけながら車を走らせ、道の駅と物産展をめぐり、アプリで検索したレストランでランチ。ただそれだけの、ささやかなデート。
「ミルクも一口食べてみる?」
「うん」
けれどそれだけで楽しい。こうやってソフトクリームを分け合って、ほほえむ顔を見るだけで十分。
「菜摘のも一口頂戴」
湊から受け取ったミルクソフトを1口食べた後、湊にストロベリーもせがまれた。付属のプラスチックスプーンにピンク色のソフトを乗せていると、急に手首を掴んだ湊が手元に顔を近付けてくる。
「ちょっ……」
「うん、ストロベリーの方がさっぱりしてる。でも甘さもあるな」
そ、そうきたかぁ。
人の手首を掴んでそこからソフトを舐めとった舌の動きに視線を奪われながら、呆れ半分、驚き半分。家ではほとんど一緒にいて見慣れているはずでも、大胆な行動をされれば目が合うだけで照れてしまう。
周りの人に笑われているではないかと焦ってソフトクリームを食べきると、湊が車のキーをちゃらちゃらと鳴らしながら『そろそろ帰ろうか』と微笑んだ。
黒くて大きな車の助手席に乗り込みながら、内心ではそっと溜息をつく。
(結局、言ってくれなかったな……)
いつもは降ろして巻いている髪も今日は後ろにすっきりとまとめて。メイクも仕事の時よりナチュラルにして。普段はあまり着ないフレアのワンピースに、歩きやすくておしゃれなキトゥンヒールを合わせて。キラキラと揺れるイヤリングとペンダントは、完全オーダーメイドで葵に作ってもらったお気に入りのやつ。
頑張ってお洒落した。なのに。
(湊の好みに合わなかったのかな……)
何日も前から色々考えて、朝も予定より1時間も早く起きて準備して。ただ湊に『可愛い』と言って欲しかっただけなのに、結局1回も言ってくれなかった。たったの4文字が、引き出せなかった。
(おばさんがはりきってる、って思われてたりして)
でもそれを口にしたら、またネガティブになってるよって笑って流されそうだから、絶対に言えない。
欲しいなら自分から『可愛いって言って』と強請れば、湊はちゃんと言ってくれる。
でも違う。
湊に、自分の口から言って欲しい―――ただそれだけなの。
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