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そんな澄み切っていて低くてよく通る声で言われた言葉は、深月の心に適度な衝撃を与えた。
「……」
「……」
「今、自分が最低な事言ったって理解してる?」
「………うん、流石に今の言い方はねーな、って思った」
いや、中途半端に訂正しないで。それならいっそ『今のは嘘だ』と完全否定するか、得意の演技力で『本当のことだ』と押し通して完全に騙すかのどちらかにして欲しかった。
何故『言い方』だけを否定する。それだと変に信憑性が増してしまうでしょう。
「さいてーー!」
「深月」
彩斗に名前を呼ばれたが、沸点を超えた怒りとわずかな羞恥心の化合物が、深月の顔を火照らせた。
入り口の棚に置いてあった使い捨てマスクの箱をわし掴むと、彩斗に向かって放り投げる。投げた箱を綺麗にキャッチされたので、間髪入れずに今度は鏡の前に置いてあったヘアブラシを投げる。
「おい、物投げんな!」
彩斗の焦った声が聞こえたので、さきほど受け取ったタオルを最後の投下物にして怒りを仕舞い込む。
「もーいい、早く仕事行って!」
「はいはい。迎えが来たらちゃんと行きますよー」
自分でも恥ずかしさと悔しさから涙目になっているのがわかったが、下らないことで言い合うとそれだけで疲れが増すので、後は全て喉の奥に飲み込んだ。彩斗の呆れたような返答を聞きながら、入浴の準備をする。
下着とルームウェアをバスタオルの中に包むと、彩斗の存在を無視して部屋を出る。仕事して疲れて、雨に降られて身体が冷えているルームメイトを見ても、彩斗のいう事はいつもと変わらない。
もうちょっと乙女心を理解してくれればいいのになー!というのは、きっと言っても無駄だと思うので、閉じた扉に舌を出すだけで終了する。
だから深月は、扉の向こうで呟く彩斗の言葉には終ぞ気付かない。
「お前にしか反応しないって言う方が、どう考えてもやばいだろ……」
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