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「入手経路はどうあれ、この時計、実際300万円するんだよ」
「えっ、嘘……」
「ホント。でも君、弁償できないでしょ? だからその費用、とりあえず僕が立て替えるから」
「え。いやでも、そんな高額……」
立て替えられたところで払えるわけがない。いや、頑張ったら払えないこともないが、今の給料から生活費を引いた額で返済していくとして、一体どのぐらい時間かかるのか……。
「うん、だから取引」
困惑する深月に、青山が笑顔を作る。
「君に、彩斗の『恋人』になって欲しいんだ」
「!?」
「はあぁ!?」
突然ぶっ飛んだ『取引』の内容を提示してきた青山に、深月以上に彩斗の方が驚く。だが豪快に立ち上がった彩斗を横目にしても、青山の笑顔は一切崩れない。
「君も知っての通り、このバカほんとに節操なくてさ」
瀧 彩斗が女優・モデル・アイドルと余すことなく手を出しているというのは割と信憑性の高い噂だ。最近は政界や経済界の令嬢にまで手を出していると週刊誌は面白おかしく書いているけれど、彼のマネージャーが認めるというのなら、それはあながち嘘でもないような。
「ほとんどデマだぞ? 実際そこまで手は出してない」
「お前、いま意見言える立場にないからな」
「いや、ほんとだって。先月社長に呼び出されたのだって、あれ未遂で……」
「ちょっと黙ってろ」
青山が少し苛立ったように彩斗を制止する。そして何か言いたそうにしている彩斗を放置して、青山は再び深月に微笑んだ。
「とまぁ、見た通りのバカでね。ただ実力はあるし、今潰されるのは事務所としては結構痛手なんだ」
青山の笑顔の奥に、彼の真意を掴み取る。確かに彩斗ほど人気のある人を、事務所は失いたくないだろう。
けれど自由奔放な彼のプライベートを完全に掌握して律するのも難しいようで。事前対策が出来ないなら、事後処理を徹底しようという魂胆は、業界に詳しくない深月にも透けて見えた。
「私に『捨て駒』になれって事ですか」
「外聞は悪いけど、ま、そう言う事だね」
悪びれもなく肯定した青山に、深月も息を飲む。
青山は、篠田 深月を人身御供として300万円で買い取ると提案する。彼が不祥事を起こしたら、その相手の情報は深月の情報に挿げ替えられる。一般人の深月相手であれば、彩斗の事務所が追う責任は最小限に抑えられる。
けれどその提案は深月にとってはあまりにもハイリスクだ。いくら300万円の大金と引き換えにしても、自分の個人情報をマスコミに晒す可能性がある『取引』なんて。
「もちろん、事務所的にもそんな不祥事は起こらないのが1番だ。だから君は自分の身を守るために、こいつが余計な事をしないように監視してくれればいい」
「え……監視……、って何すれば」
「そうだね……一緒に住んでもらうってのはどうかな?」
「はああぁ!? 何でだよ!?」
彩斗が明らかに迷惑そうな大声を出す。人が少ない時間帯だからいいが、その声はよく通るし響くので結構迷惑だ。だがそんな彩斗に対して、青山は至って冷静かつ冷酷だった。
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