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「だから、お前に拒否権ないの。来週出るはずだった記事、あれ消すのにその時計何本分の金使ったと思ってんの?」
「……」
何本分、って。最小公倍数が300万円ってどういう規模の話なんだろ。
いやいや、それよりも。
「あの、いくらなんでもそれはちょっと……」
「あ。別に2人で住めとは言わないよ?」
……それはそうだろう。
そもそも彩斗のスキャンダルが原因と理由なのに、そこで女性と2人きりで住ませるという発想には、普通はならない。彩斗が深月を女として見ていないから丁度良い、とでも言い出すのだろうか。そんな馬鹿な。
けれど青山の言葉を聞けば、成程と納得する反面、下手に2人きりで同棲するよりも面倒な状況なのではないかと思ってしまう。
「僕の知り合いにカップル限定で入居できるシェアハウスを営んでる人がいるんだ」
*****
「今日からこの牢獄生活かー。ほんっとツイてねぇ……」
それはこっちの台詞です。
青山との取引を要約すると『彩斗に女遊びを止めるよう注意と監視を徹底する』『何か問題が起きたら報告する』この2つを3年間継続すると300万円の借金は帳消しになる。
ただし3年の間に彩斗が不祥事を起こせば、『その時点で取引終了、残りの借金を青山に返済』『不祥事が報道される場合は一般人という形で極力伏せはするが、相手の個人情報の代わりに深月の個人情報が使われる可能性がある』というトンデモ契約だ。ちゃんと契約書まで書かされたぐらいにして。
って、これ罠でしょ。絶対。
はぁ、と溜息が出たところで、ヒヤリとした冷たい指先が耳に触れてきた。びっくりして振り返ると、至近距離に彩斗の顔がある。
「な、何……!?」
「いや、だってここにいる人たちに、カップルだと思われなきゃいけないんだろ?」
業界には、彩斗に『捨て駒』がいる事がバレてはいけない。
世間には、2人が付き合っている事がバレてはいけない。
ここの住人には、2人が付き合っていない事がバレてはいけない。
「部屋の中でその演技は必要ないでしょ」
「……つまんねー女」
そして彩斗には、深月の下心がバレてはいけない。
常連としてBlancに足を運び始めた1年前から、深月が彼に惹かれて憧れていた事は。こんな事でもなければ芸能人である彩斗に近付けないと思ってしまった気持ちは、気付かれてはいけない。
だから上手に嘘をついていく。
誰にも知られず、青山との取引が終了するその日まで。
この太陽に身を隠して、秘密の嘘に嘘を重ね続けよう。
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