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隠密裏事情 -嘘愛- (彩斗視点)
※ 前話『隠密事情-嘘愛-』を読了後の閲覧をおすすめします
「彩斗、これ下旬のスケジュール。スマホにデータでも送ったからあとで確認しといて。それと来週のバラエティの収録、単撮りの予定だったけど2本撮りになるって、プロデューサーから。あと『Zirconia』の撮影だけど、六本木スタジオから代官山スタジオに変更になったから、当日は少し早めに準備しとくように」
「へーい」
機械のように報告を並べる青山に、適当な返事を返す。どうせ直前に同じ事を確認されるのだから、前もって全部言う必要などないのに、ちゃんと逐一報告してくる。まめな男だ。
話を適当に聞き流していると、タブレット端末から顔を上げた青山が彩斗の顔を見て意味深に微笑んだ。
「そういえば、深月ちゃんどう?」
「……どうって」
「まだ手出してないのか?」
「出してねーよ。バーカ」
「何だ、せっかくお膳立てしたのに」
そう言って笑う青山は、食えない男だ。
あの日、カフェ『Blanc』で深月が踏みつけて壊した時計は、本当は最初から動いてなどいなかった。足先が少し当たるハプニングをトリガーに、深月と青山が取引をするその後の一連の流れまで、全てが用意されたシナリオ通りに進んだ。ベルトコンベアーに乗せられた可愛い子猫の篠田 深月は、その先で罠を仕掛けていた彩斗の手の中にまんまと転がり込んで来た。
彩斗は本当は、最初から深月が好きだった。だから嘘だった―――全部。
中学卒業と同時に芸能界に入り、既に一般人とは住む世界も感覚もかけ離れてしまった彩斗が、一般人である深月に近付くためには越えなければいけない壁がある。あるいは、向こうに越えて来てもらわなければいけない高い壁が。
『Blanc』は多忙な彩斗にとって、数少ない息抜きの場所だった。食事もドリンクも好みに合って美味しいし、店内のインテリアもスタイリッシュでお洒落。流れる音楽と雰囲気も居心地が良く、店員の接客態度も悪くない。
中でも『篠田』と小さなネームを付けた女性店員が彩斗の1番のお気に入りだった。彼女はサングラスを外した彩斗が『瀧 彩斗』であると認識してからも態度が一切変わらない。他の客に向けるのと変わらない笑顔で、注文したドリンクを『どうぞ』と並べてくれる。
そんな深月が1度だけ、自分から彩斗に近付いてくれたことがある。カフェラテを注文すると、運ばれてきた飲み物には深月が描いたというラテアートが浮かんでいた。『まだ練習中なので、ちょっと歪んじゃいました。猫に見えますか?』と恥ずかしそうに笑った彼女が、可愛いかった。『見えるよ』と答えて口に運んだラテの味は、いつもと変わらず美味しかった。
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