王子さまのおはなし

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王子さまのおはなし

 ある日。ケモノの王子さまは森で木箱を見つけました。  木箱には張り紙がしてあって〝拾ってください。触ると気持ちいいです〟と書かれていました。中を覗くと白くてほわほわしたものが、もぞもぞ動いていました。  白いものをじっと見ていると、ぴんとした耳がでてきて、くりんとした緑色の瞳と目が合いました。  白くて丸いのは二足歩行で立ち上がり、服をたくしあげて、真っ白なおなかを見せました。 「どうじょ。なでると、きもちいいです」  ケモノの王子さまは白いおなかを見ました。ふわふわとした真綿のような毛が見えて、触るととっても気持ちがよさそうです。  ケモノの王子さまは、長い爪のある指を一本たてて、おそるおそる毛をさわりました。毛が指にあたってくすぐったかったので、すぐに指をひっこめました。 「どうじょ。さわってくだしゃい。きもちいいです」  おなかをつき出す白いケモノに、王子さまは指をプルプルさせながら、もう一度さわりました。  くすぐったくて、また、すぐにひっこめました。 「どうじょ。おもいっきり、なでてくだしゃい」  そうして、一時間後。  王子さまは、白くて柔らかくてほわほわしているおなかを手のひらでなでました。 「へっくち」  おなかをだし続けた白いケモノは、寒さで震えました。  王子さまは白くて丸いのを抱き上げて、お城に持って帰ることにしました。  白いのは、王子さまによってシロと名付けられました。高い高い塔のてっぺんに連れていき、シロに首輪と足かせをつけました。  雨風がしのげて、あったかいベッドもあってシロは目を輝かせました。 「このごおんは、いっしょうかけてかえします」  シロが手をついて頭を下げてきたので、王子さまは「ずっと、そばにいろ」と言いました。  ある日。めつきの悪い王子さまが、目をつり上げて怒っていました。ケガもしていました。 「どうしたのですか? お兄様とけんかをしたのですか?」 「…………」 「シロは塔の窓からいつも見てました。ふたりはよく、ガブガブしあっていますからね」 「…………」 「王子さまのお兄さまは王子さまより、ずっと大きいです。負けてもしかたないのです」 「…………」 「王子さまは毎日、強くなろうとがんばっています。王子さまが一人でタンレンしているのをシロは知っています。えらいですね。えらい、えらい」 「…………」 「いつかお兄さまにも勝てます。王子さまはがんばっているのですから。ひとまず、おなかをなでますか?」 「…………」 「おなか、なでますか?」 「…………」 「おなか、なでますよね?」  耳を垂らした王子さまは、シロがだしたおなかをなでました。  ある日。王子さまはとってもご機嫌でした。 「どうしたのですか? その顔は、お兄さまに勝てたのですか?」 「…………」 「わっ。おなかを急になでないでください。よかったですね。よしよししてあげます」 「…………」 「わわっ。おなかはデリケートなので、ぐしゃぐしゃになでないでください。でも、よかったですね。王子さまは、強くなりましたね」 「…………」 「わ、わ、わっ」  その日、王子さまはシロのおなかを、いっぱいいっぱいなでました。  ある日。王子さまはとっても疲れていました。 「どうしたんですか? またもめ事が起きているんですか? 最近は、王子さまとお兄様のどっちが次の王様になるかもめていますからね。お城がギスギスしています。おなかをなでますか?」 「…………」 「なでませんか? それなら、シロのおなかを、みなさんになでてもらいましょう」 「……!」 「シロと王子さまは、おなかをなでて仲良くなりました。きっと、シロのおなかをなでれば、みんなは仲良くなります」 「…………」 「そんなに怖い顔をしないでください。ダメですか? 毛玉になるからですか?」 「…………」 「毛が抜けるからですか? 前よりは毛は短くなりましたが、艶々で触りごこちはよくなりましたよ?」 「…………」 「ダメですか?」 「…………」 「ダメなのですね」 「…………」 「我慢します」  王子さまは、ほっと胸をなでおろしました。  ある日、王子さまは涙をこらえていました。 「王子さま、王子さま。シロのおなかをハンカチにしてください。あったかいですよ?」 「…………」 「悲しいですね。お兄様がいなくなったら悲しいです。シロのおなかは、あったかいですよ。顔をつけたら、あったかいですよ」  シロの背中は王子さまについた血で赤くなりました。シロのおなかは王子さまの涙で濡れました。  王子さまはお兄様に勝って、次の王様になりました。  負けたお兄様はケモノのルールにのっとって、国を去りました。  ある日。シロは尋ねました。 「王様、王様。どうしてシロのおなかをなでないのですか?」 「…………」 「シロが大人になって、おなかの毛がなくなっちゃったからですか? ツルツルにはなりましたが、よい香りがしますよ? お風呂で磨いてお花の匂いをつけていますからね」 「…………」 「王様。王様。だから、シロのおなかをなでてください」 「…………」 「王様……王様……」  王様はその日、シロのおなかをなでませんでした。  ある日。王様に王妃様ができることになりました。国中が楽しげでシロは高い塔の上からお祭りを見ていました。 「王様、王様。王妃様はどんな人ですか? 王様はとても強くて立派なので、王妃様はさぞかし綺麗なんでしょうね」 「…………」 「王様。どうして首輪と足かせを外すのですか?」 「…………」 「どうして、シロに指輪をはめるのですか?」  王様は跪いて、シロに優しく微笑みました。 「シロ……ようやく皆が認めてくれた。やっと、お前を后にできる」 「王様がしゃべった!」 「お前のことを誰も認めなかった。さっさと捨ててしまえと言われて、ずっと隠していた。すまない……」 「王様がしゃべっている!」 「隠していたが兄上にお前のことを気づかれてしまい、俺はお前の前ではしゃべれない呪いをかけられた」 「王様が! 言葉を!……え? 呪い?」 「そうだ。くそっ。兄上め……会話ができなかったら、俺が諦めるとでも思ったんだろう。しゃべれなくてもお前は俺のことをわかってくれたし、大事な気持ちは強くなったのにな」 「そうだったのですね。シロは王様とお話できて嬉しいです」  王様は少し顔を赤くしました。 「俺もだ。兄上を排除してよかった。ずっと忌々しかったからな」 「ん? 王様はお兄様と仲良しだったのでは?」 「昔から嫌いだ」 「でも、お兄様がいなくなって、泣いていたじゃないですか?」 「……あれは、やっと邪魔者がいなくなって嬉しくて……」 「まさかの歓喜!」 「しかたない。それだけ、シロが大切だったんだ」 「そうなのですね。シロも王様が大切ですよ」  王様はますます顔を赤くしました。 「王になって呪いはとけたが、安定した治世を十年続けられたら、お前を后に認めると家臣がいってな。こんなに時間がかかってしまった」 「そうだったのですね。ん? 呪いはとけていたのですか? 王様はしゃべりませんでしたよね?」 「しかたないだろ……シロがどんどんキレイになるから……」 「シロがキレイになると困るのですか? 汚くなりますか?」 「汚くなる必要はない」 「そうですか。シロもキレイな方が好きです」  王様は真っ黒な瞳を優しげに細めてシロの頬をなでました。 「シロ……ずっと、好きだった。ようやく言える。愛している」 「王様……」 「シロ……」 「王様、あいしているは美味しいものなのですか? とっても目が輝いていますからね。シロも食べたいです」 「…………」 「じゃあ、うんと食べさせてやる」 「わーい。ありがとうございます」  その日。ケダモノになった王様は、シロに〝愛している〟をおなかいっぱい食べさせました。  黒いケモノだけの国で、異形の王子さまが生まれました。その王子さまはヒトの形に近くて、耳としっぽだけがケモノでした。  ケモノたちは王子さまを不気味な目で見て、話しかけようとしませんでした。孤独な王子さまは誰を恨むことなく、ひっそりと暮らしていました。  大地の女神さまが王子さまを不憫に思って、王子さまにそっくりになる子供を産みました。  女神さまは子供に言いました。 「王子さまの側にいてあげてね。あなたの毛並みは白くて柔らかいから、おなかをなでさせるときっと元気になるわ」  子供は頷き、王子さまに拾われました。  王子さま以外の黒いケモノたちは白いケモノの子供を見て、びっくりしました。白いケモノは大地の子。森の神様がくれた尊いものだったからです。すぐに王子さまに森に帰すように言いました。  でも、王子さまは白いケモノを離さず、ずっと側に置きました。呪いをかけたり、説得しても、王子さまは決して白いケモノを離しませんでした。  それは白いケモノだけが、王子さまを怖がらずに、たっぷりの愛情を注いでくれたからでした。  王様となった王子様は、自分とそっくりな姿になった白いケモノを妻にして、幸せに暮らしました。子供は八人生まれたそうです。  誠実な王様は、その姿を恐れられつつも、国を平和へと導きました。  でも、王妃様のおなかだけは誰にも見せたくないようで。  王妃様はいつもモコモコの服をきていました。  おしまい。
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