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凛をリビングのソファに横たえ、水を手渡す。
「病院、行くか?」
あまりの凛の具合の悪そうな様子にそう問いかけると凛はふるふると大きく首をふった。
「…ほんと、大丈夫。ちょっと乱暴にされただけ。」
「乱暴にされたって…。」
嫌な予感に聞き返す俺に、凛はその顔の青さとは正反対の、どうってことはないような口調で続けた。
「ネットの掲示板で知り合った人。何回かやりとりしていい感じだったから会いにいったら、最低のサド野郎だった。…ほんと最悪。」
「…何、言って…。」
凛の言葉の意味がちょっとわからない。
…わかりたく、ない。
「…警察に行く…?」
「は?止めて。最初は合意だったし、お金ももらってるから。」
「…っ、」
腹の奥がぐしゃぐしゃになるような、血の気が引いていくような、そんな感覚がした。
「何やってんだよ…!!」
「…。」
思わずまた声を荒げた俺に、凛はぎゅっと唇を結んで、視線を逸らす。
痛みなのか恐怖なのか、僅かに身体が震えているのがわかった。
「…。」
…俺が怒る道理なんてない。
傷ついてんのは、凛なのだ。
それを俺が自分勝手な感情で責めてどうすんだ。
冷静になれ、俺。
無言で立ち上がり、救急箱と、それからホットパックを準備した。
正直、こんなことになってる人にどんな手当てをしていいかなんてわからない。
…ヤられてんだよな、これ。
そう思うとまた血が逆流するみたいな怒りの感情が押し寄せてきて、俺は大きく息を吐き出した。
「…見せて。」
鬱血痕に黙々と湿布を当てたり、効くかどうか良くわかんないけど傷薬の軟膏みたいなのを塗っていく俺を、凛は黙って見つめていた。
お腹にはホットパックを当てる。
「…ほっとけばいーのに。自業自得だって。」
「…。」
この空気に耐えられなくなったのか、凛の強がりみたいな言葉に、俺は何も返さなかった。
何か口を開けばきっと、全部を責めたくなる。
黙々と手当てを続けた。
「…なんで怒ってるの?大和。」
「…頼む、からさ。」
ぐちゃぐちゃの頭の中には録に言葉も纏まらない。
けど、これだけは言いたかった。
「こんな風に自分を傷つけんの、止めて。」
「…。大和には関係ないじゃん。…僕が何したって。義理の弟だからって、大和が僕に構う必要なんてない。血だって繋がってないんだし。」
「…っ、」
胸を何かが激しく揺さぶる。
「それとも可哀想なヤツだって、思ってる?」
…言うな、もう。
「…どうせ他人のことなんだし、バカなやつって笑っとけばいいのに。」
ダメだ、もう限界だ。
「…凛の…、」
「…え?」
「凛のアホ!!」
突然爆発した俺に、凛が驚いた顔をしてびくっと肩を震わせた。
「アホ!!バカ!!オタンコナス!!すまし汁!!」
「…すまし…?」
ありとあらゆる悪口を並べ立てる。
まだとても気は済まない。
凛はぽかん、とした顔で俺を見ていた。
「もう一回言うぞ!!凛のアホーっ!!」
はぁ、と息も荒く言い切った俺を、凛は何事かという表情で見る。
暫しの沈黙が流れた。
「…なんで…っ、んな寂しいこと言うんだよ…っ」
「…っ」
ついに堪え切れなくなった俺の目には、情けなくも涙が滲んでいた。
「なんで凛がそんな目に合うんだよ!それを自業自得って笑えって?出来るわけねーだろ!…俺は、凛がずっと心配だった!!ずっとずっと!!」
「…っ、心配してなんて頼んでない!!同情もいらない…!!同情なんてされるくらいなら、笑われるほうがマシだ!」
「なんでそんなことばっかり言うんだよ、この意地っ張り!!」
いい年した高校生男子が、片方は泣きながら、片方は寝っ転がりながら二人で言い合う。
もうリビングはカオス状態だ。
親二人が旅行中でほんとに良かった。
「うるさぃな、もうほっといてよ!!…僕なんていらないヤツだって、自分が一番よくわかってるんだよ…っ」
ついに凛の目からも涙が溢れた。
「だから、そういうこと安易に言うなって言ってんだよ!!」
「…ほんとのことだ。…ほんとのことだ!大和になんか、わかるもんか!」
俺を睨みながら堪えるように涙を浮かべる凛があまりに悲しそうで、俺の怒りにも悲しさが伝染した。
そうだよ、だって凛はいつも手を伸ばせば逃げていく。
逃げて、隠れて、閉じ込もって、そうなればこっちを向くことはないんだ。
けど、だから。
…だから。
「…わからないから、知りたいって思うんだろ?…俺は、教えてほしいよ。いつだって、凛のこと知りたいって思ってる…。」
ぽろぽろと涙を落とす俺はもう、兄とか歳上としての威厳だとかそんなのも一緒に全部落としてしまっただろう。
そんなもの最初っからなかったかも、だけど。
「…なんで大和が泣くの…。」
「俺だって泣きたいときくらいあるわ…。」
お前のせいだよ、凛。
お前のことを想うと、こんなに苦しい。
お前が傷つくのが、こんなに辛い。
「…。」
凛がそっと手を伸ばして俺の髪に触れる。
思わずその手をぎゅって握って。
そのまま、凛を抱き締めた。
「自分のことさ、いらないヤツとか言うなよ。絶対そんなことない。」
「…だってほんとのことだ。」
「…凛。」
「…ほんとだよ。…だって、母さんが出ていったのは、僕がいらなかったからだ。」
「…っ」
思わず凛の顔を見る。
抱き締めた腕の中で、凛はどこか遠くを見ていた。
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