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先日あったカメラの取り違えの一件以来、大和と阿澄の中は徐々に深まっていった。
時折阿澄からメールで呼ばれれば大学からやや遠いカフェで落ち合って写真を見せてもらうという繰り返しの日々。
性格の異なる阿澄と大和の2人であったが、寡黙な大和にとって話好きな阿澄との相性は良く、意外にも気が合うことも多かった。
何をするにも楽しそうにケラケラと笑う阿澄の笑顔はまるで子供のように輝いていた。——— その手にあるのはおぞましい写真ばかりであったが。
それでも、阿澄の隣は居心地が良く、また見ていて飽きなかった。
「まーたスマホいじってる。私の話ちゃんと聞いてた?」
「...あぁ、悪い。もう一回話してくれるか」
大学敷地内のベンチにて、隣に座る麻衣子は機嫌悪そうに口を曲げる。メールが来たのだからスマホをいじるくらいいいのではないだろうかとも思ったがそんなことは絶対に言えない。ここでは麻衣子の考えが絶対のルールなのだ。
そう思いつつも大和は先ほど届いた阿澄からのメールを頭に浮かべてスマホを指でなぞった。
「あのさ、大和最近私に冷たくない?一緒にいてもスマホいじるし、放課後も予定があるっていって一緒に過ごしてくれないし」
麻衣子は美容室でかけたばかりだという緩くパーマの効いた髪を指で弄りながら表情を曇らせていく。それは麻衣子の癖で決まって機嫌が悪い時にする行為であった。
嫌な雰囲気になっていく空気感に大和はごくりと唾を飲み込んだ。
「まさかとは思うけど...浮気、してないよね?」
キッと睨む麻衣子の目に思わず身が竦んだ。同性にならどんなにガンをつけられても無視できる程には神経は太い方であったが、どうしてか異性に対しては昔から弱いところがあった。特に麻衣子のように気が強いとなおさらだ。
「...そんな最低なことはしない。それに連絡相手も阿澄だ。最近放課後に会っていたのだって...浮気だなんだという前にそもそも相手は男だからありえないし」
これで追及の手から逃れられると思った大和であったが、“阿澄”というワードを聞いた瞬間、麻衣子の片眉がぴくりと動いた。
「はっ...よりにもよって阿澄君なわけ」
「なんだよ、阿澄だといけない理由でもあるのか」
「いけない理由って...あの噂知らないんだ」
麻衣子はふふん、と馬鹿にするように鼻で笑うと大和に近づき耳元で囁いた。
「阿澄君、来るもの拒まずで男女関係なく食べちゃうんだよ」
「しかもロリでもおばさんでもハゲ親父でも。年齢も関係ないんだって」と、麻衣子は心底気持ち悪そうな顔をして言った。
つい先日まで王子と呼び、持て囃してたその口は今は敵視するかのように乏していく。
「だから、大和も阿澄君と2人で過ごすのはやめてね。影でホモだって噂されちゃうよ」
嘲笑混じりの侮蔑と偏見。それは聞いていて気持ちの良いものではない。そうして全て聞き終わった大和の中で沸き立つものは苛立ちであった。
「お前さ、散々言ってるけど結局は噂なんだろ。やめろよ、そういう差別的なこと言うのもさ。気分悪いわ」
珍しく反抗的な様子の大和に麻衣子は驚き目を丸くする。その唇は小さく戦慄いていた。
「...どうして、そんな冷たいことを言うの?私のこと好きじゃないの?前はそんなこと言わなかったのに。なんで、なんでわかってくれないのよ、私は大和のことを思って言ったのにどうして」
「はぁ...お前、少し頭冷やせよ。それじゃあ、俺これから阿澄と約束あるから」
言葉を失い何も言い返すことができない麻衣子を置いて大和は立ち上がるとその場を後にした。泣きそうな目で縋るように見ていたその視線を無視して...。
歩いていれば脳裏に残る麻衣子の悲痛そうな顔。それでもどうしてか、今回に関してはいつものように麻衣子の全てを優しく包んであげることができなかった。心はムカムカとし、胸はチクチクと痛む。なんとも言えない気持ちで思わず眉間に皺が寄った。
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