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あれはきっと、何かの間違いだ。きっと魔が差した、とはこのことを言うのであろう。
意識した途端に煩くなる蝉の声が今はありがたく感じるほど、大和の脳内は先程起きてしまった阿澄との行為で埋め尽くされていた。
麻衣子に言われた忠告。あれは単なる噂だと思っていたが...事実、そうでもないのかもしれない。
それは大和が身をもって思い知ったことだ。そして同時に麻衣子への罪悪感も芽生え始める。
こんなこと麻衣子には言えない、絶対に。
公園のベンチに座り俯いていれば暑さから来る汗なのか、それとも精神的な焦りからくる汗か、額を流れぽたりと地面に落ちた。
「はい、大和先輩。どうぞ、これは俺の奢りです」
そうしていれば、突然目の前に出されるペットボトル。顔を上げればいつものようにヘラヘラと笑う阿澄の姿がそこにはあった。
あんなことがあった後だというのに、まるで何もなかったかのようなその様子に思わず大和の口が僅かに引き攣る。
「やっぱり山から出ると暑いですね」
阿澄は1人気まずくなる大和のことなどお構い無しにその隣に座るとゴクゴクと自分の分のペットボトルに口をつける。
水が喉を通るたびに動く喉仏。その横をつぅ、と僅かに溢れた水が流れた。
「もう、あんなことはしない」
大和は自分自身を戒めるように、言葉を紡いだ。口に出して言えばじんわりと掌にも汗が滲む。何故だかソワソワとして落ち着かなくなった。
「え、どうしてですか」
心の底からわかっていない、とでも言うように阿澄は大和の言葉を不思議がる。
こちらの焦りや悩みなど全く気が付いていない様子であった。
「どうしてって...わかるだろ、普通。俺には麻衣子がいるのにそう言うことをするのは不義理だ。第一お前も俺も男だし...」
気まずさが頂点に達し、言い終わってすぐに横目で阿澄を窺い見る。しかし大和の予想に反して、目が合うその瞳はこちらの意を全く理解していなかった。
「そう言うことをしたいと思ってして何が悪いんですか。俺、大和先輩の顔も好きだし良い気分にしかならないです」
「お前、何言って...」
「それよりも、またしましょうね。えっちなこと」
にこりと天使のように笑う目の前の男。話は全く噛み合っていない。否、通じていなかった。こちらの“痛み”をわかっていない。何を悩んでいるのかを理解していなかった。
これ以上何を言っても通じない。そうわかった瞬間、大和はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「でも、大和先輩だって興奮してたでしょう...俺のシコってる時ここ硬くさせてましたよね」
そういいなんとも可笑しそうに笑う阿澄に、やはり大和は何も言えず顔を赤くして俯くばかりであった。
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