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それからというもの、阿澄は大和に対してボディタッチが激しくなり何をするにも距離が近くなった。
対して大和は蛇に睨まれた蛙のような気持ちで戸惑うばかり。人目を避けながらも首や背中、腰を不意に撫でられるのは日常茶飯事になるほどであった。
「大和先輩!これから部室ですか?」
そして阿澄は大和を校内で見かけるとどんな時でも必ず声を掛けてくるようになった。
挨拶だけの時もあればその場で授業ギリギリになるまで他愛無い話をすることもある。
「そうだけど」
そう、返事をしている間にも阿澄はヒエラルキーの高い集団から1人抜けて大和の元へと駆け寄ってくる。阿澄の背後から送られる嫉妬の眼差しは大和へと強く向けられていた。
側から見て明らかなほど、阿澄は学年も違う大和を特別扱いしていた。しかし、その事実をよく思わない輩も多くいるのだ。
もちろんそれは大和のすぐ隣からも...他とはまた違った強い視線が向けられていた。
「あれ、麻衣子先輩もいたんですね。大和先輩背高いから隠れてて気が付きませんでした」
「...阿澄君、悪いけど大和は部室に行った後、私とご飯食べに行く予定があるから。用があるなら今ここで済ましてね」
近づく阿澄に向けられるその言葉はどことなく棘があり大和はまたか、と頭を抱えたくなる。
「あぁ、そうなんですね。それは残念。俺も大和先輩のことご飯に誘おうと思ったんですけど...また今度声掛けますね」
「えっと...それは、悪かったな。それじゃあまた...———っ、」
明日、そう言おうとした瞬間、手首を掴まれぐんと首筋まで阿澄は顔を近づけてきた。
「あれ、先輩香水変えました?」
すぐ横を向けばキスしてしまうのではという程近くに綺麗な顔が並ぶ。
一瞬にして大和の心臓はすくみ上がるようにして縮こまってからどくどくと煩く鳴った。
「ぁ、いや...変えてない、けど」
小さな吐息が首筋にあたるのが分かった。手首も掴まれている箇所の脈が誇張するかのように鳴り大和に存在感を示してくる。
あぁ、まただ。また。
クラクラとしてしまいそうな空気感。しかし、それに酔いしれる前に大和は体を引っ張られ現実へと戻ってきた。
「その匂いは多分私の香水よ。一緒にいたから匂いがうつっちゃったのね」
「へぇ、匂いがうつるほど近くにですか。やっぱり2人は仲が良いですね」
まるで威嚇するような鋭い視線を送られる阿澄だが、当の本人は気がついているのかいないのかいつものようにヘラヘラとした様子で相変わらず何を考えているのかがわからない。
麻衣子が今のようにあからさまな態度を出しても阿澄は気にした素振り一つ見せず大和との距離を縮めてくるのだ。もちろん今回みたいに物理的にも。
そして麻衣子の嫉妬も激しさを増していく。
「それじゃあ今度こそ、また明日な」
それに対して大和はやはり、いつものように曖昧に濁してその場を去るだけであった。
そうして歩いていれば阿澄の姿は見えなくなっているのだがまるで見られているかのように背中がゾワゾワとした。
自分が阿澄に対してどう思っているのか、はっきりすることができない。麻衣子に対する背徳感がほろ苦く胸を締め付けた。
「絶対阿澄君は大和のこと狙ってるよ。てか、大和もちゃんと嫌がってよ!曖昧な態度ばっかりするからあっちだってつけあがるんだよ?本当は人気者の阿澄君にかまってもらえて嬉しい、なんて思ってるんじゃないでしょうね」
「少し落ち着けよ、麻衣子」
「あいつ、距離の詰め方が異常なのよ」と、遂には阿澄をあいつ呼ばわりする麻衣子から目線を逸らした。
結局、阿澄にも麻衣子にもはっきりと物を言うことができない。
元々考えることもそれを口にすることも苦手だったのだが、今ほどそんな自分を恨めしく思うことはないであろう。
しかし、麻衣子は知っているだろうか...——— 大和が以前撮った阿澄の写真をスケジュール帳に挟んではたまに眺めているということを。
阿澄と会う度、話す度にその写真を眺めあの時のことを思い出し興奮する自分はきっと異常でおかしい。そう思いながらも捨てられずにいる自分がそこにはいた。
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