夏休み

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夏休み

「ねえ、8月って知ってる?」 「知らない。知らないの範囲内」  夏休みだ。どこからどう見ても、360度全て夏休み。部屋の中は、だらけた空気とエアコンの冷気で満たされている。「満たされている」という表現すら、もしかしたら言い過ぎかも知れない。  私たちは、学校より少し快適で、学校より少し退屈な時間を過ごしていた。古川と田島。計、女子2名。地球の隅っこで、チルアウトの飽和水溶液。 「8月って、言うのはねえ、多分、辞書とかには載ってると、思うんだけど、7月のロスタイムで、9月の予告編で…」 「ああ、いや、ほんとは知ってるの。私たち、16歳じゃん?知らないふりが少しずつ得意になる頃だから」  田島ちゃん、昔はあんなに純粋だったのに…まあ今年会ったばっかりなので昔を知らないけど…。  私は、生まれてから10万回目の背伸びをして、机の上のゲーム機を手に取った。 「このゲーム、そういえば、もうクリアしたんだけど、良かったよ。うん。なんていうか、エキサイティングだった。特に自動販売機のシーンとかね」  感想を述べる私。 「ああ、あのシーン良いよね。感動もある。私もちょっとゲームとか作りたくなったもん」  感想を受けとる田島ちゃん。 「えー?じゃあ、ゲーム、作る?難しいのでは?」 「多分ね。だから、そんなにすぐ、パッと作る気にはならないけど、まあ、こういうのって、実際そのうち、チャレンジしちゃうよね、ちょっとだけでも」  私は「わかる~」と思ったが、「まあね~」と返した。会話自体は成立しているので、空中に指で「1+1=2」と書いた。 「…ねえねえ、古川。私らさ、夏休みに、支配されてるよね。完全にダメ人間になってる。いずれ科学が発展し、ダメ人間だらけでもちゃんと成立する地球が出来上がるとして、今はまだ2020年だから。近未来までは、まだ少しだけ遠いよ」  田島ちゃんが、田島ちゃんらしいことを言った。確かに、って、思う。今日ここに集まったのは、ゲームの感想を述べるためではない。かと言って、やりたいことは決まらない。うーん、どうしよう。 「…あ、そうだ。ねえ、田島ちゃん。私、少しだけ天才かも知れない。沢山天才ではないけど、少しだけね」 「えー、どうしたの?フェルマーの最終定理解けたの?」 「違うよう。今日やりたいこと、見つけた」  私は、少しだけ自慢気に言った。 「そうなんだ?」 「そうだよお。あのね、『いつかやりたいこと』を、出来るだけ沢山決めるの。『ゲーム作りたい』みたいに」 「あー、なんとなく、目的がわかった。それ決めとけば、いずれやっちゃうから、未来が充実するね。今日はそれなりでも」 「でしょ?天才なんかもしれん。私」  指で空中に「フェルマー」と書く私。 「じゃあ、えーと、私、世界征服したい」 「えー、田島ちゃん、それは、初手から規模がデカイよお。もう少しこう、『アイスクリーム食べたい』とか、そういうのを経由してからたどり着く駅だよお。というか、田島ちゃん、世界征服したかったの?」 「したかったって言うか、最近、家庭科の授業中に、Tシャツ作ったじゃん?」 「作った。難しかった。けど、多分私が下手なだけだと思う。実力不足、ふがいなさ、東京タワーは高い」 「それでね、世界征服したいなって、思ったの」 「待って。大分話がおかしい。Tシャツからの世界征服ってどういう理論なの?」  私は、Tシャツを作った時のことを思い出したけれど、別にUFOが学校を襲ったり、ドラゴンが校庭に舞い降りたりした覚えはなかった。何が田島ちゃんに大きな目標を持たせたのだろう。 「ああ、いや、テコの原理だなあって思ってね。TシャツのTから、テコの原理を思い付いて、小さな力でも、大きな物を動かすことは出来ると思ったのね。それで、やりたくなったの」  田島ちゃんは、机の上にあった下敷きAで、下敷きBを持ち上げた。なるほど、なんとなく納得してしまった。 「なんとなく納得してしまった」  そう口に出した。 「今、韻踏みたかったの?」 「うん。一回頭の中で『あ、韻踏んでる』って思ったから、わざわざ口に出したの」  とりあえず「世界征服」と、ノートに書いた。 「他にやりたいことあるー?」 「えー、私は、ないけど、古川は?」  私かあ。そうだなあ。いざ聞かれると、なかなか思い付かない。 「あ、遊園地行きたい。田島ちゃんと」 「遊園地?どうして?」 「理由は、ないかなあ。なんとなく。田島ちゃんと、どこか行きたかったの。ああ、そうだ、学校のある日に、学校サボって行きたい。で、『逃避行』ってカレンダーに書きたい」  そう口にして、世界征服とそんなに変わらないなあ、って思った。 「じゃあ、やろうか、逃避行」  田島ちゃんは、ノートに「逃避行」と書いた。  そこら辺で、何も思い付かなくなった。まだ2つなのに。 「まあ、焦ることはないよね。夏休みは、もう全部、今後の予定を決めるのに使おう」 「私、花火くらいは、夏の間にしたい」    田島ちゃんがそう言うので、急に花火がやりたくなってきた 「…やりますか、花火。夏休みって、そんなに長くないし」  私は、財布を探した。探す必要は無くて、鞄の中に普通にあった。   「コンビニの多い町で良かったよね。こういう時」 「町を支配してるのが、コンビニだからね」  私が都市伝説を唱えた所で、時計は昼の一時を指していた。夜まではまだ時間がある。けど、早く行動したかった。  私と田島ちゃんは、同時じゃないくらいのタイミングで立ち上がって、部屋の扉を開けた。 「夏休みだ!」 「夏休みだねー」  夏休みは、もう少しだけ続く。
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