夏風邪

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夏風邪

 自分の咳で目が覚めた。こもった熱気がじっとりとまとわりついてくる。その感覚を払うように布団をバサリと蹴り飛ばし、ぼんやり潤む瞳で天井を見つめた。喉がヒリヒリする感覚にうんざりしながら携帯を見れば、無機質な数字がきっかり深夜の一時半を指している。枯れた喉に痰が絡んで、静かについたため息をガラゴロという音色に変えた。  頭痛に顔をしかめながら体を起こす。生ぬるいお茶をがぶがぶ飲み干して、エアコンのスイッチをぽちりと入れ、タイマーをセットする。ほどなくして、ひんやりした空気とごうごうという音が部屋を満たしていった。まだじっとりと熱がこもる布団に火照る体を滑り込ませる。ベッド脇に置いた卓上扇風機からは少しひんやりした風が吹きはじめた。 重い体と裏腹にどうにも頭は冴えてしまって、何をするでもなくスマートフォンに手が伸びる。まばゆい光がたちまちのうちに、まだ起きていた時間の名残を脳裏に焼きつけようと言わんばかりに顔を照らした。目の奥で重く響くような痛みに眉をしかめ、細めたまぶたのわずかな隙間から画面を見た。  明るさを調整してやっと見ることができたそこに映っているのは、いくつかの通知と壁紙の猫。ニュースアプリや迷惑メールの通知を画面の端へ押しやり、しばらくアーモンドのような緑の瞳を持つスマホの番人――番猫というべきだろうか――を見つめた。元気にしているかな。布団を占拠するサバ白猫の姿が脳裏をよぎり、自分一人だけのベッドで思わず体を丸めた。  ひとり暮らしを始めてからだいぶ経つが、寂しいと思うことはあまりなかった。仕事が軌道に乗り、忙しさに揉まれる日々をどうにか生き抜いてきたら月日が経っていた、というのが正直な感想だ。それでもなぜだか無性に寂しくなったのは、眠いのか熱のせいなのか、猫のせいなのか。そう、猫のせいなのだ……猫のおかげ、と言うべきかな……明日、連絡してみようか…………  鼻の詰まったぴい、ぴいという音と、ぼんやり光る豆電球の灯りだけが静かな部屋に満ちていた。
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