消えない孤独

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「嘘だろ〜、親父のヤツなっちゃんにナンパしてたんかぁ」 今、言いそうになった。 あなたの父親に命を救われました、と。 だけど、そんな事を言えば大成さんに余計な心配をかけてしまう。 お礼を言いたいけれど、グッと我慢した。 俺に似ていると言っていた息子は、大成さんの弟の事だったようだ。 病気を患いやすい体質…… 優しい父親の元で産まれた子供がどうして荒れてしまっていたのか、今分かった気がした。 「大成さんは……どうしていつも笑顔なんですか?」 口から出た言葉に数秒で後悔する。 こんなの、失礼すぎる。 「あ、ごめんなさいっ、変な意味じゃっ」 「笑顔? ……ああ、もしかして弟のこと聞いた? 確かに秋斗が入院してるのは辛いし大変だけど、オレがいつまでも落ち込んでたらあいつを笑わせる人間がいなくなるだろう。あいつが一番しんどい時に、家族が笑ってやらないともっとしんどくなる」 「……」 だから、なんだ。 だから父さんは、いつも笑顔で。 俺がしんどい時も、明るく励ましてくれた。 あれは、芯から出る優しさだったんだ。 「なっちゃんは知らんかもだけど、春馬は最近、大学行く前に必ず献花に手を合わせてるんだぞ」 「……え?」 「こいつ見た目通り素直じゃないから絶対言わないだろうな。なっちゃんが親父さんの死を苦しみのままずっと引きずらなくて良いように、春馬なりに考えてんだよ」 「っ……」 あんなに怖かった春馬さんが、と思うと驚きで仕方ない。 そんなこと知らないままだった。 春馬さんはやっぱり優しい人だ、父のような優しさを持った人。 胸の奥がキュッと締まって痛む。 「色々しんどいよな。でも、なっちゃんも幸せになって良いんだよ。むしろなるべきだ。親父さんも、なっちゃんが笑っていた方が嬉しいに決まってるよ」 頭をなでる手が温かくて、俯いたままコクリと頷いた。 幸せに、なりたい。 それが叶うのならば、願っても良いのなら、俺は笑っていられる未来を望みたい。 父が遺してくれた一番の宝は、この命なのかもしれない。 それを簡単に壊すなんて、俺にはできないから。 春馬さんの寝顔が視界に映った時、ドタドタと激しい足音が廊下に聞こえて身震いした。 その足音は階段を登り、こちらへ向かってくる。 え、なに、何っ⁉︎ パニックになる俺は、素早く大成さんの背に隠れてドアの方を凝視した。 「頼もーっ‼︎」 「ッ‼︎⁉︎」 轟音と共にドアが全開になり、ウルフヘアでパンクな格好をした不審者が入ってきた。 俺は驚きすぎて逆に拍子抜けする。 「うるっせえなぁ……誰だよ朝から、」 「サカモトハルマァッ! 御用改めであるっ!」 馬鹿でかい声に目を覚ました春馬さんが、近づいてきた翔さんの頭をバシッと叩く。 「痛い」 「うるさいんだよ、中二かお前」 クールすぎるツッコミに思わず笑いそうになる。 翔さんはその手のマニアなものが好きらしい。 「おはよう、夏希」 銀髪の陸さんが俺の隣にドカッと座る。 この中で一番落ち着いていて柔らかい印象と言えば、陸さんだと思う。 髪の色はアレだけど、すごく上品で真摯な印象が強い。 まるでオアシスのような癒しを感じさせる。 「おはようございます、陸さん」 「あれ、ちょっと髪伸びた? 結構早いんだな」 「あ……ほんとだ。最近髪切ってなくて」 すっかり忘れてた。 「春馬、なっちゃんを美容院に連れてってやれよ。理髪店より美容院だな、なっちゃんは」 その2つの違いがよく分からなくて首を傾げる。 「お前にとって夏希は何なんだ。ペットか、お姫様か」 「あー、お姫様って響きはいいな。なっちゃんなら、お姫様抱っこして街を歩きたいしとにかく甘やかしたい。絶対幸せだ」 「…………意味が、わかりません」 「なっちゃん、オレのことはやっぱりしののんって呼んでほしいな。それか、しのさん」 ニコニコ笑う大成さんは憎めなくて、「しのさん」と遠慮がちに言った。 名前には掠ってもいないのに、変な人だな。 「はあーっ、かわいい〜」 「タイセイちょっとキモいぞ……」 「ちょっとじゃねえ……誰かこいつ病院連れて行け」 あまりにもベタ褒めで俺が恥ずかしくなる。 しのさん、やっぱり疲れてるんじゃ…… 「なっちゃんはペットと同じ癒し効果があると思うんだよ。ほら、歩いてるだけでかわいいとかあるっしょ?」 「大成はブラコンだもんな」 陸さんの冷たい目がしのさんを攻撃する。 俺はどうやら、ペットか何かだと思われているらしい……失礼な。 トランプや黒ひげのオモチャで遊んでいる大学生4人と高校生1人。 このシュールさも、今の俺にはちょっと楽しい。 「にしてもナツキ、お前ほんとナヨナヨした顔してるよな」 隣に座る翔さんが無遠慮に俺の頬をムニッと摘んできた。 「んう、」 パシッとその手を叩けば、「あぁっ」と声を上げる。 「反抗期だ! ナツキもとうとう反抗期がっ」 「翔さんが、ナヨナヨとか言うからっ」 「ナヨナヨのナヨだ」 「翔、なっちゃんはナヨナヨじゃなくて美少年なんだよ。だからこんなに可愛いんだ」 しのさんと翔さんは酔っているように見える。 そういえばさっきから、2人は缶のお酒を飲んでいた。 昼間からお酒なんて、呑気だなと思う。 「でもなっちゃん、そんな可愛い顔して大人の輪ん中入ってたら悪い大人に襲われるぞ〜?」 「へ、えっ⁉︎」 足を掴まれ、肩まで覆い被さってきたしのさんの整った顔が目の前に現れる。 冗談のノリだろうけど、悪い大人の真似事をして俺の胸元をなでてきた彼の手を掴んだ。 「イヤ、だっ、春馬さん助けっ」 言いかけたところで、しのさんがベリッと剥がされる。 「やめろや変質者。夏希イジメんな」 「あっはは〜、冗談だって。なっちゃんごめんね」 「……」 ごめん、とは思っていない笑顔に冷めた目を向けた。 やっぱり……春馬さんはかっこいいなぁ。 「夏希、お前こっち来てろ」 手を引かれ、春馬さんの隣にくっつくように座る。 それだけでドキドキして、頭の中がパニックになった。 「さっすが女落としの上手い奴は違うな〜」 「ハルマを合コンに誘ったら1人で3人捕まえたりしてマジで腹立つしな!」 「うるせえ、口説くのが下手なんだよお前らは」 微かに腰に回ってきた手が俺の心臓を止めようとしている。 もうダメ……隣にいたら余計に死にそう。 「……あのさ、春馬」 「ん? 何」 「この話題出さないでおこうとは思ってたんだけど、なっちゃんが転入したってマジ?」 しのさんの言葉にピクッと体が震える。 由理恵さんだ、多分。 春馬さんの手はそろそろと動いて、俺の背をなでた。 「マジだよ。元の高校に通わせる理由がなくなったからな」 「なっちゃん、ずっと隠してたんだな。1人で怖かっただろうに……」 俺が言わなくても、みんな知っていた。 しのさんに「大丈夫大丈夫」と頭をなでられるとまた泣いてしまいそうになる。 ここにいる人達はみんな優しくて、こんな俺にも幸せを分けてくれて。 「ナツキ、もう辛いことがあっても絶対隠すなよ。おれも辛い時はハルマに頼ってるし、こいつクソ性格悪いけどすんげえ良い奴だから」 「一言多いんだよ。……でも、本当に隠すな夏希。我慢するとかお前の頭で考えなくて良いから」 「……うん、っ」 話す前より、全て知られた今の方がずっと心が軽くて後悔した。 あの時、春馬さんの声が聞こえていなかったら、東雲さんが手を握ってくれなかったら、と思うと怖くなる。 もっともっと、新しい世界が観たい。 父が遺してくれたこの命を大切にしたい。 今そう思えるのは、ここにいる優しい人達のお陰だ。
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