花束 -side natsuki-

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「春馬が仕事し始めたら、今より会える時間も減ると思うけど大丈夫?」 分かって、いるつもりだった。 あくまで"つもり"で、実際父さんの時のように夜にしか会えないことも増えてくる。 俺は、耐えられるのかな。 「しのさんは……どうでした、か」 「え? 何が?」 「秋斗さんが入院してたら、ずっと会えないから」 「……あぁ。本当言うと、現実を何度も恨んだよ。俺と秋斗は兄弟で、それも同性で結婚なんて一生許されることじゃないだろうし。その上、秋斗はひどい病弱体質だからね……父親相手に八つ当たりしたりしたなぁ。"どうして秋斗が病気なんだ"ってさ」 「しのさんも……荒れてたの、」 いつも見るしのさんから、そんな哀しみを掬えなかった。 笑ってるイメージしかなくて、深いところを何も知らない。 「オレは春馬よりヒドかったよー。それこそ、通りを歩いているガラの悪いヤンキーにしょっちゅう喧嘩売ってたしね」 「え……そんな、怖くないの」 「ヤンキーが怖いとか考えたこともなかったよ。オレにとって一番怖いのは秋斗を失う事だけだからな……って言っても、さすがに秋斗からすんげー怒られたけど。鬼だから、あいつ」 ……秋斗さん、強い。 「怖い人たちより……強い」 「ほんとそれ。力は弱いくせに、オレがヤンキーに絡んでたら平気で入ってくんの。"公共の場で暴れんな"っつって。秋斗はマジで怖いよ〜」 「秋斗さん、怒らせないようにします」 「ふはっ、そうだな」 「……俺、春馬さんとしのさん、全然似てないって思ってました」 表面しか見ないから、分からない。 深く関わりを持ち始めると、2人がすごく似ていることに気付けた。 「本当に? そっくりっしょ」 「うん……」 「春馬もオレも、結構弱いよ。特に春馬はなっちゃんを傷つけたくない一心だから、本当は見た目以上に疲れてるかもしれない」 「そう、ですよね」 「だから、春馬に思い切り甘えてやって」 「へ?」 てっきり、あまりワガママを言わない方がいいと言われるのかと思った。 ポン、となでるしのさんの手は大きくて、俺とは全然違う。 「あいつ、気を遣われると罪悪感感じて空回りするタイプだし、むしろ寝ようとしてたら無理やりくっつくぐらいが良いと思うよ」 「そ、それ……迷惑、じゃない?」 「なっちゃんに甘えられて迷惑だったらもう何にもできないって。うざいくらい甘えて良いんだよ、そしたらコロッと折れるから」 なっちゃん相手にはチョロいから、と笑うしのさんがなんだか楽しそうで顔が赤くなる。 俺は、春馬さんに甘えてもいいんだ…… 好きって言ったみたいに。 自分の本当に言いたい気持ちを、言いたい。 「なっちゃん、ここ人多くて危ないから手つなぐ?」 どうしてか聞いたことのある既視感を覚えたけど、フルフルと首を横に振った。 「春馬さんが困るから、大丈夫です」 「ふ、大人になっちゃって」 大人に、なれているのか。 ほんの少しだけ背伸びをすれば、春馬さんに届くかもしれない。 なんてきっと妄想だけど。 「じゃあ、気をつけて帰りなよ」 家のすぐ近くまで送ってくれたのに、そんな事を言うしのさんは優しい。 バイバイ、と手を振って早足に自宅へ向かい玄関のドアを開ける。 やっぱり少し怖い。 春馬さんが行った美容院は佐和さんの所なのだろうかとか、この近所に中津の関係者がいたりしないかとか。 春馬さんがいなくても、1人で立ち向かえる力が欲しかった。 「なー君? 屈んじゃってどうしたの?」 「! ……ただ、いま」 「おかえり。お風呂入ってらっしゃい」 やっぱり何もなかった。 俺には帰る場所があって、家族と呼べる人たちに囲まれている。 すごく、幸せだ……
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