消えない孤独

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またあの路地にやって来た。 俺の目の前を、2人の子供が手を繋いで歩いている。 「にいちゃん! 見てこれ、ママからもらったの!」 「何だそれ、お守り?」 「うん!」 ランドセルを背負った小学生低学年くらいの女の子と、高学年くらいの男の子。 母から貰ったらしい紫の御守りを手に提げ嬉しそうに笑っている。 女の子が立ち止まると、父の為に添えられた花束を見下ろした。 「にいちゃん、これどうしてお花あるの?」 「……ユリ、これはこうするもんなんだよ」 男の子が献花の前ですっと屈み、手を合わせた。 それを見た女の子も同じように真似してやるものだから、思わず泣き出してしまいそうで。 黙祷を終えた2人は立ち上がり、また楽しそうに歩き始める。 その背中をぼんやり眺めていたら、「わぁッ!」と突然の大声と共に大成さんの顔が目の前に現れて体が飛び上がるほどビックリした。 「ッ大成、さん……」 「なっちゃーん、しののんって呼んでよ〜」 「夏希、お前ほんとここ好きな」 「!」 背後から聞こえた春馬さんの声に、一歩間違えれば飛びつくところだった。 グッと我慢して振り返るけど、目が合うと泣きたくなってくる。 「あれ? なっちゃん、どうした?」 「へ?」 「……あぁ、いや。なんでもない」 目が合った瞬間、泣いたのがバレたのかと思った。 それだけは気づかれたくない。 「帰るぞ夏希」 「はい」 手を、繋ぎたいと思った。大学の時みたいに。 だけど俺の脳内に新庄が訴えかけてくる。 お前にその権利があるのかって。 春馬さんと大成さんが歩く少し後ろをついて歩き始めた。 「そういや秋斗、最近明るくなったんだよ。よく笑うようにもなってさ」 「へえ、じゃあ呼吸器は外れたんだな」 「あぁ、1週間前には外れてた。今は少しうるさいくらいだよ」 2人の会話が、音が、歪んで聞こえる。 明日も学校に行かないといけないなんて、いや……明日も明後日もその次も。 嫌、だな…… 「夏希?」 「っ!」 気づいたら俺は立ち止まっていた。 春馬さんが近づいてきて、俺の頬に触れようとしたからそれを避けて苦笑いする。 「ご、ごめんなさい。ロッカーの鍵、ちゃんと閉めてきたかなって思って」 「なっちゃん天然っぽいな」 「……」 手を避けられた春馬さんが少し不機嫌そうな顔をした。 良かった、何か勘付かれるんじゃないかと心配した。 「じゃあオレこっちだから、じゃあな〜」 大成さんと別れ、春馬さんと家路を目指す。 帰ったら、本当は言わなきゃいけない、謝らなきゃいけない。 由理恵さんに。 だけど、俺が嫌がらせを受けていることは知られたくない。 「お前さ」 「! は、はい」 「何隠してんの?」 「え……」 踏切の手前で立ち止まる春馬さんが振り返った。 怒っているのか、それとも何も考えてないのか微妙な顔をしている。 「何も、隠してないです」 「そんなのは嘘だ。顔に書いてある、言えよ」 肩に提げたカバンのベルトをギュッと握った。 どうして、分かるんだよ……放っておいてほしいのに。 そんな怖い顔で見ないで。 「…………お弁当、せっかく作ってくれたのに、転んで零した」 春馬さんに嘘をついた。 だけど、こう言うしかなかったから。 「は? それでそんな落ち込んでんの」 コクリと頷く。 「はぁ、心配したのがバカらしいな。別に母さん怒らねえし気にすんなよ」 「うん……」 頭をなでられて、どこか穴が空いて埋まらないような虚無感がした。 弁当を零してしまったことを打ち明けて謝すると、由理恵さんは笑いながら許してくれた。 その優しさが余計に悔しくてまた部屋で1人泣いてしまう。 俺が弱いのがいけないのかもしれない。 だからみんな、俺が嫌いなんだ。 三門家に何も言わず再び高校へ通い始めて3日目、俺のロッカーの中にはグシャグシャになった教科書類が乱雑に投げ込まれていた。
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