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「お前ほんとしぶといなぁ〜、マジで」
ロッカーを閉めて立ち上がれば、新庄が投げてきた筆箱が頬に当たり顔を歪めた。
クラスメイトの多くは俺に関わらず陰で嫌がらせをしてくるのだけど、新庄とその連れだけは違う。
真っ向から俺に向かってくる。
無視されるのも避けられるのも辛いのに、直接攻撃されるのはもっと怖い。
「なぁ、父さんの事本当に悪いって思ってんならそっから飛び降りてみろよ」
「……なんで、だよ」
新庄の声に外野の連中が「ヒューヒュー」と声をあげる。
本当に、中学生みたいな奴らだ。
こんな奴らに反撃すらできない俺はもっと弱い。
新庄はクラスではムードメーカーのような存在で、サッカー部のせいか女子にもモテる。
だからこそ、女子の大半は見て見ぬフリをするか避けるかでまるで勝ち目がない。
「知ってんだろ? 家畜の豚や鶏はウイルスに感染した途端生きる価値を失くすんだ。人間に害を及ぼすからな。お前はその家畜と一緒だ、多大な人間に害を及ぼす奴は死んで当然なんだよ」
「っ……」
そんな言葉、サイコパスとしか思えない。
俺が不幸を引き寄せているなんて証明できるものは何もないのに。
こちらへ近づいてきた新庄に壁へと追いやられ、耳元で「なぁ」と囁く。
「なあなあ、次は誰を殺すんだ……?」
「は……っ」
「母さん? 父さん? それとも____春馬さん、か?」
「ッ‼︎」
心臓がバクッと跳ね上がり、勢いで新庄を突き飛ばした。
机に足をぶつけて舌打ちをしたかと思えば、ニヤリと口の端をあげて笑う。
「はっはは、こいつ名前が出た途端超ビビってやんの。なんで知ってるんだって顔だな。学校裏サイトってお前も知ってるだろ? アレを見ればクラスメイトの闇なんて暴露されまくってんだよ」
狂気的な目をした新庄に腹が立って仕方なかった。
俺のせいで、春馬さんにまで迷惑が……
溢れ出しそうな涙をグッと堪え、ロッカーの中にグシャグシャに投げ込まれた本類をカバンにしまっていく。
俺はやっぱり、いちゃいけないんだ。
誰の傍にも、どこにも居場所なんてない。
不幸を引き寄せるだけでなく、人の未来まで奪ってしまう。
「あっれー? 米原クン帰んのー?」
「はっは、必死すぎて笑う!」
「早く消えろよ、厄病神がっ」
「頑張って死んでね〜」
色々な声が脳内を交錯する。
もう、何も聞きたくない。笑い声なんて嫌いだ。
足早に教室を出て行こうとすれば、ドア付近にいた男の足に引っ掛けられて横転する。
打ちつけた頬が痛むけど、それよりも男達の嘲笑う声に涙が滲んだ。
駆け足に角を曲がったところで、担任とぶつかりそうになって一瞬硬直した。
「おお、米原カバンなんか持ってどうした?」
「……何でも、ないです。気分悪いので帰ります、っ」
「は? おい、大丈夫かっ?」
声を無視して階段をひたすら降りた。
もう誰も俺を呼ばないでくれ、誰も見ないで、触らないで……!
正門を抜けると行く宛てもなく走っていた。
呼吸も荒れ、頭痛と吐き気に襲われる。
人通りの少ない駅に着いたと同時に、何もないところでつまづいて転んだ。
絶望感はもうなかった。
既に、生きていることに期待なんてしない。
「痛っ……」
上体を起こして、カバンの中から紙切れになった教科書を取り出す。
マジックや赤ペンで落書きされた紙は、誹謗中傷の塊になっていた。
死ねとか消えろとか不幸を呼ぶなとか、書いてある言葉はどれも俺に向けられている。
俺が……悪いんだ、全部。
俺は他人に害を及ぼす人間で、普通に生きているだけで関わった人までもが不幸になる。
そうなんでしょう……? お父さん、お母さん。
俺の背後には、ホームがある。
そして時間になれば電車もやってくる。
飛び込んでしまえば即死。
「……」
いつの間にか俺は改札を越えていた。
列車の直の到着を告げるアナウンスが流れる。
これじゃあまるで……あの時の事故みたいだ。
父さん、ごめんなさい。
せっかく優しく育ててくれたのに。
俺は父さんがいない今、生きる意味を見い出せない。
けたたましい車輪の摩擦音がして、俺の視界にも列車が見えてきた。
涙が頬を伝い、カバンを地面にすとんと落とす。
「…………さよなら」
誰に向けてでもない言葉を放ち、点字ブロックを越えて足を踏み出した瞬間____
「夏希!」と叫ぶ声と共に、なぜか父の笑う顔が浮かんだ。
『父さんの為にも、夏希は長生きしてくれよ』
そう言っていた父の記憶が、まるで死ぬなと訴えるように脳裏をよぎる。
ハッとした時には、目の前で轟音をあげながら列車が通り抜けていく。
誰かに腕を引かれる感覚に振り返れば、知らないスーツ姿の男が俺を愕然とした顔で見つめていた。
「キミっ、何をしようとしていたんだ! 危ないだろう?」
なんで……なんで今、春馬さんの声がしたんだ。
ぼろぼろと涙を流す俺に眉を歪めた男がそっと頭をなでてくれる。
春馬さん……春馬さんに会いたい……っ
俺がワガママを言ってもいいのなら、俺がまだ生きていてもいいのなら、今はただただ、春馬さんに会いたい。
「……頰、ケガをしてるね。ちょっとおいで」
東雲、と名乗ったその男の人は俺をベンチまで誘うとホームのコンビニで買った消毒液とガーゼを取り出した。
「す、すいません……お金、」
「何を言ってるんだ、気にしなくていいから。ちょっと染みるかもしれないけど我慢するんだよ」
消毒液が頬に触れると、微かな冷気が肌を癒した。
「夏希くんは高校生、だよね?」
「……はい」
優しそうな顔をした人だ。
それに、本当に優しい。
見ず知らずの高校生を、ここまで診てくれる人なんて多分いない。
東雲さんは突然ふふ、と笑い、俺は目を丸くした。
「ああ、ごめん。キミを見ていたら息子のことを思い出してね。キミと歳が近いんだけど、息子も高校生の時にかなり不安定だったんだ。こんな時だけど、懐かしくなってしまったよ。ごめんな」
また俺の頭をなでる東雲さんは優しい目をする。
息子も、自殺未遂をしたのだろうか。
こんなに優しい人の子供なのに、どうして。
「もう絶対、あんな事したら駄目だぞ? キミの両親は、本気で悲しむからな」
「……はい」
「うん、偉い。ああ、そうだ。キミにこれをあげるよ」
「?」
彼がポケットから取り出したのは、白くて小さな御守りだった。
『無病息災』と刺繍してある。
「息子達に渡すつもりだったんだが、1人はもう良い大人で、いらないと言われてしまってね。キミが持っていてくれないか」
「はい……ありがとうございます、」
「じゃあ、私は行くよ。まだ若いんだ、頑張るんだぞ」
到着した列車に向かって歩いて行く東雲さんの背は大きくて、俺がかなりちっぽけに思える。
御守りなんて、嬉しいな。
さっきまで感じていた孤独感が、たったの数分で解れてしまった。
あの人は、魔法使いみたいな人だ。
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