消えない孤独

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三門家に帰ってきた俺は、こっそりと玄関のドアを開けた。 「____え?」 「!」 偶然出掛けようとしていた佐和さんと目が合い、心臓が止まりかける。 「夏希くん、どうしたの……」 頬のキズや腫れた目は、隠し通せない。 ブワッと溢れ出てきた涙を止めることができず、「ごめんなさい」と呟いた。 「ちょっとどうしたのよ夏希くん……っ、大丈夫だから。ね?」 俺の背をなでる佐和さんの背後に春馬さんの姿が見えた瞬間、言いようのない恐怖と悲しみに襲われる。 「おい、何があったんだよッ」 「春馬さっ…………うぐ、ごめ……なさいぃっ」 そのまま床に崩れ落ちた俺は、春馬さんに軽々と抱き上げられて目を見開いた。 「春馬、」 「悪い姉貴、俺行かねえわ。1人で行ってくれ」 俺を抱えて階段を登っていく春馬さんの肩が大粒の涙で濡れる。 泣いても泣いても、胸の奥の罪悪感が消えてくれない。 ベッドの上に降ろされると、そっと抱きしめられて背中をさすられた。 初めて会った時とは、人が変わったように優しい手。 春馬さんは何も聞かず、ギュッと俺を抱きしめる。 それが苦しかった。 俺は春馬さんを、不幸にしてしまうんじゃないのかと感じているせいで。 「また、嫌なことでも言われたのか」 「……」 「夏希、話さないと分からないだろ。興味ねえとか、言わないから」 「…………学校、行きたくない、です」 目線が交わるだけで逃げ出したくなった。 怖い、何もかもが。 「なんで」 春馬さんに分かるようにカバンを開けて中を見せれば、全てを察してひどく顔を歪めた。 「ワガママ言って……ごめんなさい。でも……行きたくな、っん……!」 重なった唇に酔わされる。 何度も啄ばむキスは、俺の脳の奥底にまで快感を与えた。 気持ち、いい…… 唇が離れていくもどかしさに瞳が揺れた時、俺を抱きしめた春馬さんが短いため息をつく。 「俺が分からないって言ったからか……」 「え、?」 「お前の気持ちが分からないって、そう言ったから嘘をついたのか? あの弁当だって、故意にやられたんだろ」 「っ」 やっぱりバレていた。 春馬さんはいつも察しが良すぎるんだ。 首を横に振って学校で受けたことを説明すると、春馬さんは見るからに鬼の形相になった。 「んだよ、そのクソガキ……俺が行ってぶっ殺してやろうか」 「やっ……それは、絶対だめ、っ」 「夏希、学校には行かなくていい。つか行くな、母さんには俺から説明すっから。1人で抱えようとしてんじゃねえよ」 今すぐにでも殴り込みに行きそうな春馬さんにゴツンと頭をぶつけられて目が泳ぐ。 距離が近くて、心臓がバクバク音を立てる。 春馬さんの顔が……近すぎる……! 再び唇が触れ合い、叫びそうになった。 期待はしちゃダメなのに、今だけは期待したいと思う。 春馬さんの優しさに、溺れてしまいたいと思う。 「休んでろ、夏希」 額をなでた手が離れていくと、春馬さんの姿も部屋から消えた。 1人残された俺はベッドに横になりゆっくりと呼吸をする。 東雲さんに貰った御守り、刺繍の字はほんの少し歪んでいて手作りだと改めて分かる。 かわいいな…… あんな優しそうな人に愛されて、子供は幸せ者だなと思った。 だけど、あの時聞こえた春馬さんの声は何だったんだろう。 俺が勝手に創り出してしまったのだろうけど、上手くいきすぎた妄想だと思う。 その妄想に、助けられてしまった。 夜になると由理恵さんも佐和さんも帰ってきて、春馬さんが事情を説明してくれた。 復讐や仕返しが怖いから学校には取り合わないでほしいと懇願し、由理恵さんはそれを承諾。 結局、敬三さんの提案で通信制の高校に転入することになった。 「由理恵さん」 「ん〜? どうしたの?」 リビングで雑誌を読みながらくつろいだ様子の由理恵さんに、俺は頭を下げた。 「迷惑ばかりかけて……本当にすいません」 作ってもらった弁当は零すし、転入費は結構掛かるし、ケガをして困らせるし、引き取ってもらった上に迷惑をかけるなんてどうなんだろう。 なのに由理恵さんはそっと頭をなでてきて、ジワと目頭に雫が浮かぶ。 「なー君、気にしなくていいのよ。ここはあなたの家なんだから、いっぱい頼ってくれたらいいの。それに、迷惑だなんて誰も思ってないんだからね」 「あり、がとう……ございます」 ふふ、と笑う由理恵さんが優しくて胸が熱くなった。 ここは俺の家……俺は、生きていてもいいんだ。 生きなきゃいけない、父さんの為にも。 「こんにちはーっ、宅配便でーす」 階段を登る手前で玄関の方から声が聞こえた。 そういえば、佐和さんが宅配が来るかもと昨日言っていたような気がする。 玄関のドアをそっと開けた俺は、ピザ箱を片手に持った宅配便の人と目が合って思わず唖然とした。 「お、まさかの天使がお出ましだ。おはよう、なっちゃん」 「え……大成さん、ピザの宅配のお仕事してるの」 「あっはは、まさか〜。近所で買ってきたんだよ、春馬もいる?」 「はい、」 ビックリした…… 本当の宅配屋さんかと思った。 「お邪魔しまーす」 靴を脱いで2階へ向かう大成さんに付いて行く。 俺も春馬さんの部屋に入っていいのかなと思っていたら、まるでそれを察したように「おいで」と手招きされた。 「春の馬ヅラくん〜、歌のおにいさんが遊びに来たぞー」 春馬さんはベッドの上で横向きに眠っていて、なぜかドキッとしてしまった。 「なんだ寝てんのか、なっちゃんピザ食べれる?」 「はい、好きです」 「それは良かった。一緒に食べちゃおう」 大成さんが肩に提げたカバンから取り出したりんごジュースのペットボトルをテーブルに置く。 2リットルを平然と抱えていたのかと思うと、やっぱり俺には敵わない。 「あれ? なっちゃん、それ。ちょっと見せて」 「? ……これ、ですか?」 俺が手に持っていた御守りを手渡すと、大成さんは心底驚いた顔をした。 「待って、これ誰にもらったんだ?」 「え……スーツを着た、おじさんに。駅で会って……」 あれ、ちょっと待てよ。 今一瞬、何かに引っかかった。 「えと、東雲さんって……」 大成さんが「はぁぁ」とため息をつくのを見て、疑問は確信に変わる。 「親父か……」 「えぇ! ……じゃあ、それをいらないって言ったのは大成さん、だったんですか」 それが分かった瞬間、鳥肌が立った。 どうして気づかなかったんだろう。 そういえば、東雲さんは息子"たち"と言ってた。 1人は良い大人で、て大成さんの事だ……!
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