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消えない孤独
父が他界して2週間が経った。
俺は父の遠縁にあたる三門家に引き取られ、まるで死んでいるように生きてきた。
父さん、と呼んでも声が返ってこない。
何度夢の中で抱きしめられて頭をなでられても、目が覚めた時に絶望する。
たった1人の、大切な家族だったのに。
「……おい、あいつこの前新聞載ってた奴じゃね?」
路地で1人石段に座っていたら、コソコソと俺の話をし始めた男2人が視界に映る。
「ああ、父が事故で死んだんだってな。つーか、その父親も血が繋がってないとか書いてたぞ」
「本当の親も死んだんだってよ。相当病んでんぜあれは、絶対変わってるし近づかんとこうぜ」
「だな」
……声、聞こえてるし。
俺はあの日から、高校に行ってない。
父がいたから行けていたのに、その大切な存在がいなくなってしまってはもうイヤな場所でしかない。
俺の大事な人は、みんな俺の前から消えていく。
何度苦しい思いをすれば、俺は幸せになれるのだろう。
「やぁッと見つけた、またこんな所に来てんのかよっ」
突然現れ、心底気怠いトーンでそう言った金髪の男が俺を見下ろした。
「……」
「なんか言えや。合コンに行く予定があったってのに、あんのクソ姉貴がお前を連れ戻して来いってうるせーんだよ。そういうの迷惑だし、あちこちウロつくのやめてくんねえ?」
「……ごめんなさい」
「チッ、早く帰んぞ」
三門春馬さん、今年で21歳になった大学生。
160センチの俺より10センチ以上は背が高い。
切れ長の目に相まって、言葉が乱暴でとにかく怖い。
日に日に、父に会いたい思いが募っていく。
「あ、2人ともおかえりっ」
三門家の広い玄関を潜り、声がした方を見上げた。
春馬さんの実姉、佐和さんだ。
「おかえりじゃねえよ、俺の貴重な自由時間返せクソ女」
「なーにが貴重よ。あんた年中夏休みじゃないのっ」
「俺に頼まず自分で面倒見ろ。そんなワケありなガキの相手してられっか」
「ちょっと春馬!」
面倒そうに部屋に戻っていく春馬さん。
俺はいつもそうだ、誰にも必要とされない。
邪魔者扱いされてしまう。
ただ普通に生きていきたいだけなのに。
「ごめんね、夏希くん。あいつ、いっつもああだから」
「いえ……大丈夫です」
ぺこりと会釈をして階段の方へ向かう。
この家は広くて、一軒家で3階建てという豪華さだ。
俺は2階で、春馬さんの隣の部屋を借りている。
10畳間のベッド付き。
デスクもテレビもあって、何より広い。
多分、それなりに裕福な家庭なのだろうと思う。
ベッドに遠慮がちに寝転んだ。
目をつぶると、嫌でも浮かんでくるあの時の光景。
父は死んだ。死んだ。
…………なんで、父さんなんだよ。
いつも優しく俺の事を大切に育ててくれた。
仕事に家事に男手一つで面倒を見てくれた人が、どうして死ななければいけないのか。
呼吸が荒くなってくる。
呼んでも呼んでも、俺を抱きしめてはくれない。
「はっ……はぁ、父さ……っ」
何度も繰り返し脳内に浮かぶ情景が俺の心臓を苦しめる。
優しく笑う父、血塗れで横たわる父、また優しく笑う。
イヤだ……助けて、助けて助けて……っ
「おいっ」
「ッ‼︎」
聞き慣れない低い声で我に返る。
ベッドに横たわる俺を春馬さんが見下ろしていた。
「ハァっ、ハッ……は、っ」
「なんだよ、どうしたお前」
「はーっ……大、丈夫……です」
「ああっ? どこが大丈夫なんだ、バカだろ」
怪訝に言った春馬さんの手が伸びてきた瞬間、猛烈な恐怖を感じて「やっ」と顔を隠した。
だけどその手は、顔に伸びてくるわけでもなく背をそっとなでてきた。
…………へ、?
「落ち着いたか? ……って、なんで俺がこんな事やらないといけねえんだよ。クソめんどくせえな」
放っておいてしまえばいいのに、俺の呼吸を整える為に添えられた手。
涙が出そうになった。
俺は昔から病弱で体調を崩しやすく、ストレスで過呼吸になる事も茶飯事で。
その度に背をさすったり胸をなでたりしてくれたのが今は亡き父だ。
父以外にいなかった、こんな風になでてくれた人は。
「ふ……ぐ、ぅ……っ」
「な、なんでそこで泣くんだよ! お前、俺が泣かしたと思われるだろうがッ」
「父さ……ん、っ」
「っとにめんどくせえやつだな……」
無意識に出たのは、やはり父の名前だった。
何日経っても拭えるはずがない。
「……晩飯、食えんのお前」
「いた、だきます」
上体を起こしてそっと息をつく。
震える体を落ち着かせないと変だと思われる。
三門家には迷惑かけないようにしなきゃ。
なるべく、目立たずに。
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