消えない孤独

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「ちょっと傷になってるわね、消毒痛いけど我慢してね」 「んっ」 背をぶつけたとき少し擦りむいたらしい。 消毒液の染みたガーゼが背に触れて少し痛む。 「あら、どうしたの?」 リビングに三門家の母__由理恵さんが顔を覗かせた。 「ああお母さん、夏希くん背中を打ったみたいで」 「まあまあ……大丈夫?」 「大丈夫、です」 余所余所しい態度しか取れない。 また迷惑をかけてしまった。 「出歩くなっつったのに言うこと聞かねえからそうなんだよ、自業自得だ痛てッ」 「春馬、あんたはなんでそんな言い方しかできないわけ? 面倒見が悪いのよ」 春馬さんを叩いた佐和さんは少し怒っていて、止めなきゃと思ったけど怖くてできなかった。 「うっせえなブス」 「誰がブスよ! どっからどう見ても美女ですから〜っ」 「きっしょ」 ダルそうに立ち去っていく春馬さんはやっぱりどこか冷たい印象がある。 父とは、正反対。 大事な家族がいなくなって、俺はまた独りぼっち。 「おい」 部屋で本を読んでいると、春馬さんがドアから顔を覗かせてきた。 ここに来てから名前を呼ばれたことがない。 「はい……」 「お前、なんであの路地に毎日行くんだ。俺が行くなって言っても聞かねえだろ」 まさかカンカンに怒っているのかと思って理由も言わず謝ると、また舌打ちをされた。 「んだよ、ごめんごめんって。絶対思ってねえだろ」 「そ、んなことっ」 「うるせえ。俺はあそこに行く理由を聞いてんだ、答えろや」 まるで嫌がらせをしてくるクラスメイトのような口調で、俺は気づけば涙を流していた。 「は!? なに泣いてんの、……あ゛ぁクソッ」 イラついた顔をした春馬さんに体を抱きしめられ、目を見開いて驚いた。 頭をクシャクシャとなでる手は、父と違って乱暴で。 「どんだけヘラってんだよ、わけ分かんねえ……そんな聞かれるの嫌なのかよ」 「…………お父さん、あそこの交差点で死んだんです」 「……」 「俺には……父さんしかいないのにっ、雨の中、血塗れで倒れてて……手を伸ばしても、触れなかった……っ」 こんなこと、どうして他人に言っちゃうんだろう。 きっと変わってるやつだと突き放されるのに。 ぼろぼろと流れる涙が春馬さんの肩を濡らす。 「それ、お前1人で行く意味はあんのか」 「え……?」 「なにも言わずに毎朝出て行って、俺の仕事増やすなよ」 「……すい、ません」 この反応が普通だ。 他人の暗い話なんて聞きたい人間はいない。 と思ったら春馬さんがため息をついた。 「ごめんなさいの次はすいません、言い方を変えても言ってること同じじゃねえか」 「……」 「行きたいんだったら俺を呼べって言ってんだよ。めんどくせえけど、仕事増やされるより何倍もマシだ」 春馬さんが言ったことの意味を一瞬理解できなかった。 「行っても……良いんですか」 「俺が近くにいればあんなクソ野郎が現れても太刀打ちできんだろ。何もできないガキが1人でウロつくんじゃねえ」 「…………ありがとう、ございます」 「チッ、まーた予定が潰れんだろうが。ダチいなくなったらマジお前のせいだわ」 春馬さんは言葉こそ乱暴なのに、どこか優しい。 父とは正反対の優しさ。 こんなのは初めてだった。 「____ここで、父さんは事故に遭いました」 悪夢のような記憶の残る交差点に再びやってきた。 歩道の隅には、父への花が手向けられている。 車の走る道路には血痕がなく人が亡くなった形跡もない。 もしもそれが処理されていなかったら、俺はここに来れなかったかもしれない。 春馬さんは俺の父が亡くなったことは知っていたけど、どんな事故かまでは知らなかった。 本当に興味がなかったとはっきり言われたし。 花の前に屈み、そっと手を合わせる。 大好きな父の声はもう聞こえない。 「……」 春馬さんは俺の背後のビルに背を預けたまま、何も発さなかった。 本当に興味がないのかもしれないけど、それならどこで亡くなったのか聞いてはこないだろう。 「おぉっ! 誰かと思えば春馬くんじゃないっすかー!」 いかにも大学生風の茶髪男が軽快に手を振った。 その周りには2人似た系統の男がいる。 みんな俺よりもずっと背が高くて怖い。 「おー、チンピラ共か」 「チンピラじゃねーわ! オレだけはまともだからっ」 「ちょっと待てぇい! タイセイが一番マトモじゃねえだろ!」 「大成こそ組長感あるだろう?」 「うっせえっ」 恐らく、春馬さんの友人。 その陽気さは巷でパリピと呼ばれている人達のようだ。 「え、待って誰その子」 「っ!」 大成と呼ばれた男が俺の前に屈み見下ろしてきた。 近づいて来たその男に恐怖を感じ、身を震わせて「いやっ」と後退りする。 「怯えてんじゃん。大成、変質者だと思われてるけど」 「誰が変質者じゃ! ……でも、なんか可愛い」 目が合った瞬間、春馬さんが男の台襟をグイッと引いて距離がとれた。 「やめろ変質者」 「だぁぁ! 春馬までオレを変質者扱いするか! つーか、誰だよその可愛い子」 「言っただろうが、ウチで預かることになったガキだよ」 コロコロと表情が変わる大成という男は、春馬さんとは少し違う。 その隣にいるアッシュのウルフヘアをした男は大成さんに雰囲気が似ていて、銀髪で一番派手な格好をしている男は春馬さんに似て落ち着いた雰囲気があった。
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