消えない孤独

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「へえー、この子が夏希くんか。オレは東雲大成っての。しののんって呼んでくれ」 「……しの、のん?」 顔に似合わない、と思ったら少し失礼だ。 「やべえ、この子喋った! 何しののんって! 可愛いな、マジ小動物みてえっ」 大成さんの言葉にムッとした。 なんだよ"喋った"って、俺も人間なのに。 「ちな、おれは早田翔な! んで、こっちの銀髪の厨二病はアドヴァイス・ゴンザレスだっ」 「誰だよ。俺は田沼陸だ」 「…………」 とりあえず、怖い人達ではなさそうだ。 「にしても珍しいよな、春馬が女の誘い断るとか地球滅びるんじゃねえ?」 花の前に屈んで黙祷をした大成さんがよいしょ、と立ち上がる。 全く知らない相手なのに、こんなことをしてくれる人がいるんだと思った。 「好きでやってんじゃねえ。姉貴がクソうっせえんだよ」 「あー! あの鬼姉御はマジパネェ!」 春馬さんに共感している翔さんにビックリした。 佐和さんは優しい印象しかなかったから。 「それはお前らが問題児だからだろ? オレは怖いと思わんけどな、なぁ陸?」 「あぁ、この前もチーズケーキを作ったと分けてくれた。親切な姉御さんだよ」 やっぱり、優しい人だ。 だけど春馬さんと翔さんは絶対あり得ないと表情を崩していた。 翔さんと大成さんは陽気な雰囲気が似ているのに、大成さんはお兄さんという言葉が似合いそうな好青年だった。 「なっちゃん、春馬にイジメられたらオレに言ってな? こいつ本当性格悪いから」 「……はい」 「うるせえ。良いやつぶってんじゃねーよ、ガリ勉が」 なんだろう、失礼だけど兄弟みたいに見えた。 大成さんって兄弟がいるのかな。 3人と別れた俺達は三門邸に戻ってきた。 春馬さんとはあまり言葉を交わさず部屋に入る。 あの人はあんなに怖い雰囲気なのに、友達はみんな優しそうだったな。 ベッドに座りアルバムを開いた。 優しく笑う父の顔、やっぱり好きだ。 「父さん……」 「夏希」 「ッ!!!?」 聞き慣れない名前で春馬さんに呼ばれて体が飛び上がった。 「な、なんですか」 数秒間の沈黙があり、ドアを閉めてこちらへ歩いてきた春馬さんに突然押し倒される。 腕を押さえつけられ、すぐ目の前に春馬さんの顔があって、怖さと緊張で心臓がバクバク鳴る。 「ッ……」 「お前、男とセックスすんのが好きなの?」 「……へ、っ……そ、んなこと……」 「男に触られて喘いでたじゃん。あれ、どう説明すんの」 「!」 春馬さんの目が俺を捉えて離さない。怖い。 「……あ、れは……」 「俺、バイだからさ。どっちでもいけんだよな」 「え……」 「お前、尻貸せよ。誰のせいで女とも会えねえか分かるだろ」 「っ……‼︎」 ゾクゾクと悪寒が体中を巡り、春馬さんから逃げようと必死にもがく。 「いやっ、離せ……ッ、やだ、っ!」 「逃げんじゃねえよ、こらっ」 頭上に両手首を固定され、空いた手が服を脱がし始めた。 怖い、春馬さんが怖い……! 露出した乳首を指先が掠め、ビクッと肩が跳ねる。 「ふ、んっ……や、っ」 「やっぱ男が好きなんだな、エロい声出てっけど」 「ち、がっ……あんっ、あ、やだ……は、はッ、父さ……ッ」 恐怖が俺の鼓動を加速させ、呼吸を不安定にする。 目尻から大粒の涙が流れて息の仕方が分からなくなった。 「はーッ……は、っ、やめて……くだ、さい……助け、て……」 強引に俺に触れてきた春馬さんは手を止めて、これまでないほど眉を歪める。 「……んだよ、その顔。落ち着け夏希、虐めたりしねえから」 「は……はぁ、っ、ん」 まるで父のように、浅い呼吸を繰り返す俺の胸をなでる。 要因は春馬さんなのに、その手が優しくてまた涙が溢れた。 そっと重ねられたキス。 俺は経験がなくて、脳が蕩けそうな快感を初めて知った。 強引に優しく。なんて矛盾してる表現だろう。 「ん……ふ、ぁっ、んぅ……」 背中に回された手がゴツゴツしていて、ほんの少し安心感があった。 ゆっくり唇が離れると、涙を指で拭われる。 呼吸が落ち着いてようやく正常に息が吸えた。 「はぁ……はぁ、」 「……てっきりそっちの経験があんのかと思ったら、処女かお前」 「はっ……はぁ……誰とも、してない、」 「女は」 横に首を振ると、「マジかよ」と顔を曇らせた。 17歳で童貞処女…… 春馬さんから見れば相当驚きなんだろう。 怖がりで変わっている俺は学校でも孤立しているというのに、彼女ができるはずもない。 「くっそつまらねえ人生だな……学校行ってねえの?」 「……行ってました。でも、俺は弱いから……みんな嫌いって」 「はぁ? なんで弱いから嫌いになる、おかしくね?」 「体育、いつも見学してる。長い時間やると苦しくなるし、頭が痛くなって倒れるから……だから、休み時間もみんなと遊べない、いっつも1人。みんな、俺を気持ち悪いって」 春馬さんの瞳が揺れた。 学校のクラスメイトは、俺のことを病んだ人間だと陰で叩いている。 陰気で弱い俺に、友達はいない。 春馬さんのような強い人間じゃないから。 「意味分かんねえ」 「……」 ジワ、と涙が滲んだ。 俺も春馬さんのように、強くなりたかった。 どれだけ走っても運動をしても苦しくならない体が欲しかった。 望んでなんかいないのに、神様はひどい。 ふわりと髪をなでられた途端、止まっていた涙がまた一筋頬を濡らす。 「外で一緒に遊べないからとか、親いなくて病んでるからとか、そんなくだらねえ理由で嫌うやつと友人になんてならなくて正解だろ。お前がシケた面する意味ねえから」 「…………」 春馬さんは怖いのに優しそうな友達がいる。 その理由が、どうしてかほんの少し分かったような気がした。 「俺は他人の過去とか家庭事情なんて興味もねえけど……」 「?」 「大成は弟が病気体質で今も入院してる。翔は両親の狂った喧嘩を毎日止めては俺に毎晩電話してくるし、陸に至っては父子家庭だ。……俺は見ての通り、裕福な家庭に産まれて人生ナメてるクソみてえな大学生だけどな。全員、家庭の事情で縁を切るだのくだらねえこと考えてもいねえよ、友人ってそういうもんだろ」 「…………うん、っ」 溢れ出した涙で前がボヤけて、春馬さんの顔が変に見えた。 彼の指がそれを拭うけど、止まらなくてどんどん肌を濡らしていく。 「あーっ、もう泣くなって! 泣かれんの得意じゃねえんだよっ、勘弁しろ」 きっと初めてだ、嬉しくてこんなに泣いたのは。 俺は今まで、父の前でも嬉し涙を流せていなかった気がする。 流すのは悲しいとか悔しいとか、そんなものばかりだった。 こんなに嬉しいなんて、どうしてなんだろう。
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