消えない孤独

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「春馬、あんた今日大学行くんでしょ? 夏希くん連れてってあげてよ」 朝起きて、佐和さんの一言にビクッと体が震える。 春馬さんは「ブフッ」と飲んでいたお茶を吹き出し噎せていた。 「それ良いわねえ、ハル君連れて行ってあげたら?」 「冗談じゃねえよッ、とんだ変人だと思われんだろうが!」 「良いじゃない別に〜。お母さんの持ってる家族証明書さえあれば講義立ち入りもできるんだし、私今日は朝から仕事だから夏希くん1人になるのよ」 「ぜってえ嫌だっつの」 俺と一緒にいるのが嫌そうな春馬さんになんだか申し訳なくて、佐和さんの袖をキュッと掴んだ。 「あの……俺、1人で大丈夫です。お家の掃除とか、します」 「……夏希くん、その顔はお姉さんの心臓に悪いわ」 「?」 佐和さんは頬を赤くすると「あぁーっ、抱きしめたい!」と叫んでキッチンの方へ走って行ってしまった。 抱きしめたい? なんでだ…… 春馬さんは舌打ちをしてお茶を一気飲みすると、ガンッと音を立ててグラスを置いた。 「わぁったよ、連れて行けば良いんだろっ」 「ハル君優しい〜」 「うっせえ。お前絶対ちょこまかすんなよ?」 「……わかりました」 そうは言ったけど、少し怖かった。 大学なんて行ったこともないし、俺よりも歳上の人ばかりいるんだろう。 路地で会ってしまったような怖い人がいたら、どうしよう。 大学は車で20分の所にあった。 高校の校舎5個分以上の広さに驚いたけど、何より驚いたのは建物の高さだ。 まるで海外のお城のような建物が視界に入り、その真下は逆U字の城門が構えている。 3次元では見たことのないその光景に震えた。 「おい、ちゃんとついて来いよ」 「あ、はいっ」 俺は佐和さんに借りたグレーのポンチョパーカーの丈をギュッと握り、春馬さんの斜め後ろにピッタリくっついた。 正門を越えると噴水のある芝生が広がり、数十人の生徒らしき人がそれぞれの時間を楽しんでいる。 春馬さんは俺をチラリと一瞥すると城門の下に立っている教員らしき人物に声をかけた。 「吉嶋教授、はよーっす」 「ああ、おはよう三門君。教授はやめてくれよ、恥ずかしいから。……?」 吉嶋教授、と呼ばれたスーツ姿の人が俺を見て目を丸くした。 そこですかさず、春馬さんが黒いカードを差し出す。 「ちとワケありなんで、良いすか?」 「なるほどね、うん。確認した。どうぞ」 「あざ」 にこっと微笑む優しげな男の人にペコリと会釈して城門を潜る。 普通に歩いているはずなんだけど、春馬さんの足が少し早くて必然的に早歩きになる。 校舎の中に入りラウンジにやってくると、春馬さんは窓に近い席に座った。 たくさんの白い丸テーブルとイスがあり、窓は全面張りで外の景色が丸見えだ。 何人か利用者がいて、時折チラリとこちらを見てくる。 「座れよ」 春馬さんの隣に座り、ガラス窓の向こうを眺める。 ここの校庭は、とても綺麗だな…… 「わあっ、三門君その子どうしたのっ?」 高い声がして目線をやると、髪の長くて綺麗な女の人が2人春馬さんに近づいてきた。 「ああ、お前らか。別に何でもねえよ。ちょっとしたワケありだ」 「キミ、高校生?」 茶系のセミロングを揺らす女の人が俺の顔を覗いてくる。 仄かに香る柔軟剤の匂いが清楚な雰囲気を醸し出していた。 俺は男性よりも女性と関わるのが苦手で、遠慮がちに「はい」と答えた。 「あはは、なんか可愛い。ふわふわしてるー」 ボブの女の人が手を伸ばし頭に触れようとしてビクッと反射的な震えが起きる。 その手を春馬さんが掴んで「やめろ」とはたいた。 「怖がってんだろ」 「あー、ごめん。三門君、今日なんか不機嫌?」 「当たり前だろ……毎日どんだけ面倒くさいと思ってんだ」 それはきっと俺のせいなんだと謝りそうになった。 2人が「ばいばーい」と手を振ってラウンジを出て行くのを見て、チラッと春馬さんの方を見る。 何か考え事をするように頬杖をついて外を眺める春馬さんの横顔は、男の俺から見てもかっこいいと思う。 怖いけど、顔立ちは整っていて好青年だ。 きっと凄いモテるんだろうな。 「あの、授業は……」 「あ? 良いんだよ、この時間はまだ何も選択してない。講義があんのは1時間後だよ」 「……選択?」 「ああ、大学は高校と違うからな。必要な単位さえ取れば受けたい講義を選択して時間割が組める」 「そう、なんだ……」 初めて知った。 春馬さんが優しく教えてくれることもちょっと驚いた。 「えっ!? なんで、なっちゃんがいんの!」 「!」 聞き覚えのある声に、春馬さんが「やっぱ来たか……」と肩を落とした。 「なっちゃん、おはよう」 俺の隣に腰掛けた大成さんがにっこりと笑う。 春馬さんは大成さんをひと睨みすると、ため息をついてリュックから本を取り出した。 「おはよう、ございます」 「なんだお前、今日は佐和さん仕事か? じゃなきゃ連れてこないだろ」 「ああ、まーた仕事増やされたっつの」 「とか言いながら大人しく連れてくるお前はほんとピュアだなっ」 「うるせえな、目潰すぞ?」 春馬さんも落ち着いていて大人っぽいのに、やっぱり大成さんは兄に見える。 陽気だけど、芯がしっかりしていそうだ。 弟が今も入院していると春馬さんは言っていた。 ずっとニコニコしていてそんな素振りは全く見せないのに。 「なっちゃん、しののんってまた呼んで?」 目を細めて俺を見る大成さんに少し照れてしまう。 「……しののん」 「ぶふっ、ダメだ。やっぱり可愛いがすぎる。なんだこのアロマセラピーな高校生。抱きしめたい」 「デレデレしてんなよ、気色悪りいな」 「だって可愛いじゃん。お父さん、なっちゃんが可愛くて仕方なかっただろうな〜」 大成さんは、柔らかい笑顔を浮かべて俺を見つめてくる。 こんなにべた褒めされたことがなくて恥ずかしい。 ふい、と目線をそらすと春馬さんが不機嫌そうな顔をした。
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