消えない孤独

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「なっちゃん、ここら辺生徒多いし手繋ごう」 ラウンジを離れて校舎内を徘徊している時、大成さんに言われた。 その顔は弟を守らんとする兄という貫禄があって、俺は差し出された手を握り返そうか迷う。 人の手は少し苦手だ。 素直に手を伸ばせば壁に打ち付けられたり、突然誰もいない倉庫に連れて行かれたり、はたまたどれだけ伸ばしても届かなかったり。 「ガキじゃないんだから手なんか繋がなくて良いだろ」 「バカ、ここがどんだけ広いか知ってるよな? なっちゃんがオレらと同じくらいのやつにぶつかったら迷子になりかねないぞ」 「めんどくせえの……来い夏希」 嫌そうな顔をした春馬さんに手首を握られる。 どうしてか、今は春馬さんの手はあまり怖くないと感じる。 それにあったかい。 「にしても、佐和さんのポンチョ着てるとオレの性癖に刺さるから男の子でもちょっと無理だわ」 「お前マジでキモいからやめろよそれ」 数分歩いているうちに、春馬さんは俺の手を握っていた。 それが少し気恥ずかしくて握り返すことができない。 本当は優しい人なんだろうな。 なんて……まだよくこの人のことを知らないんだけど。 講義のある部屋の前まで来てプレートを見上げると【臨床講義室】と書いてあった。 「春馬さん」 「ん? 何」 「これ、読めない……」 「リンショウコウギシツだよ。読めなくても問題ない」 講義室の中はホワイトボードに向かって斜面になっていた。 長机が規則的に多数並び、生徒が百人は入れそうなほど広い。 俺達は最後列の窓際に座る。 「お前、そんなになっちゃん見られんの嫌なわけ? やたらと人目避けるじゃん」 「鬱陶しいんだよ、こいつに目つけられんのも面倒だし」 大成さんは知らないだろうけど、恐らくあの男達に襲われたのを前提として言っている。 俺も人は少し苦手だから、ここがありがたい。 「ま、確かになっちゃん可愛いからな。三門家が羨ましいよ」 「……俺、男なのに」 ずっと可愛い可愛いしか言われなくて、どれだけ弱いんだろうと嘆く。 「いやほんと、なっちゃんの一人称が"俺"ってのが良いよね。そのギャップに萌えるんだよ」 真顔で何を言ってるんだろうこの人は…… 佐和さんは女性だけど俺よりもずっと身長が高い。 周りの人達はみんな背が高すぎるんだ。 春馬さん達は180くらいある。 さっきの女の人達だって、かなりモデル体型で身長が高かった。 講義が始まったのはそれから30分ほど経った頃だった。 臨床心理学、という言葉が出てきたけれど俺にはさっぱり分からなくて眠ってしまいそうだった。 後半になってくるとやけに室内がざわつき始める。 春馬さんと大成さんも、最初は話を聞いていたけど段々と集中が切れて会話をし始めていた。 「なっちゃんは今17歳、だよな? 彼女とか欲しいってならない?」 「……あんまり」 「希少価値だな、もうこれは。尊すぎる」 大成さんは俺をとにかく褒めるから、なんだか苦手だ。 そんなに褒められることはしてないのに。 「____おおォ! ハルマの隣に小動物が!」 講義が終了し、翔さんと陸さんが近づいてきた。 大学は高校と違い、講義を受ける生徒が毎回バラバラだったりするようで俺は気が楽だった。 「よっ! ナツキ」 目の前に手のひらを出して笑う翔さんに目を瞬かせる。 「ハイタッチだよ! 朝と言えば!」 「翔、朝は関係なくないか? おはよう3人とも」 ハイタッチ? 俺は遠慮気味に手のひらを見て不安定にも手を合わせた。 すると突然、指を力強く絡められて上下にブンブンと振り出すから心臓が止まるかと思った。 「わっ、わぁ!」 「ハハハ、元気そうでなによりだぞ〜!」 「おいコラ、翔やめろ」 春馬さんの手に救われて解放される。 目が回りそうだった。 やっぱり、人の手に触れるのは少し怖いな。 「それよりなんだハルマ、大学はペット禁止だぞ?」 乱暴にイスに腰掛けた翔さんを眉根を寄せて睨む。 目が合うと舌を出して挑発された。 「ペットじゃねえだろどう見ても、姉貴が仕事で母さんもいねーから仕方ないんだよ」 「てっきりおれはハルマが親バカなんかと思ったわ」 「翔、それは失礼だよ。春馬はどう見ても親バカな顔してないだろ?」 「リクが一番失礼だろ!」 春馬さんは陸さんの発言に少しイラ立ちを見せた。 こんなに仲違いしそうな言葉を言い合っているのに、それでも仲が良く見える。 不思議だ。 春馬さんが言うように、友達はこういうものなのかな。 「珍しいものを見る目してるな、なっちゃん」 「……ご、ごめんなさい。友達、いないから、分からなくて」 「そんな不安そうな顔しなくても怒ったりしないって」 「ハルマお前、ナツキいじめてんじゃないだろうな!」 「いじめてねえよ! ……多分」 俺を一瞥した春馬さんは曖昧に濁した。 きっと、昨日のことを気にしているんだろうと思う。 「春馬さんは……優しい、です」 強引だけど、口調が怖いけど、でも優しい。 俺が言うと翔さんは目を丸くして、「ぶはっ」と笑った。 「言わされてるっ」 「しばくぞ」 「ははっ、冗談だよ。ナツキはおっとりしてんな」 髪をクシャクシャとなでられてピクッと体が揺れる。 大成さんと翔さん、似ていると思ってたけど全然似ていない。 大成さんはこんな風に遠慮なく触れてはこない。 屈託のない笑顔を向けてくるから、つい警戒心が緩んでしまうけど。 「なっちゃんに遠慮なしに触れる翔が羨ましいよ」 「は? 逆に何を遠慮するんだ? ナツキアレルギーでもあんの?」 全く意味が分からない、と言いたげな顔をする翔さんに少し笑いそうになった。 ナツキアレルギーって、なにそれ。 「お前ほんとKYっつーか、洞察力皆無だな」 「空気読まなくても死にやしねーっしょ! こんなクッソ性格悪いハルマですら友人もファンの女も多いんだぜッ?」 「翔、携帯貸せよ。叩き割ってやるから」 「ヒイィ、ハルマくんこわ〜い」 ……何でだろう、この人達の会話は聞いていて飽きない。 楽しいとさえ思う。 くだらない話しかしてないはずだけど。 翔さんは明るくて騒がしい印象があるのに、家では両親の喧嘩に仲介して止めている。 きっと怖いはずだけど、それを春馬さんに聞かなければ一切分からなかっただろう。 俺もいつか、こんな風に笑い飛ばせる日が来るのかな…… 幸せが、やってくるのかな。
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