eps.12

2/2
前へ
/35ページ
次へ
「……なんだ、貴央じゃんか。すごいとこで会ったなあ。…これからデート?」 女連れであることは見てとったようだった。朗らかな笑みの下の感情を探ってしまう。 「俺らもこれから、ちょっと飯食っていこかーっていってたところ。お互い楽しもうな。じゃ」 貴央が捕らえた手を、やんわりと解こうとする。それを、更に強く握った。 「……っ! ちょ、痛いって、貴央。……こっちにも予定があるんだから、邪魔しないでくれる?」 グッと、更に腕を引き寄せようとするが、逆に貴央のほうへ向き直らせる。 「ちょ、マジで怒るぞ、貴央。…ああ、ゴメンな? こいつ、学生時代の友達なんだ。久しぶりだったから…」 貴央のほうへ向き直らせたのに、振り向いて彼女に説明しているのさえ、腹が立った。喉が焼けるように痛い。 「ちょっと、お前、こっち来い。俺はお前に言いたいことが山ほどあるんだよ」 「…何が言いたいことなんか分からないけど、俺らこれから予定があるんだ。別の機会にしてくれる?」 瑞希の彼女も、貴央の恋人も、二人のやり取りをはらはらして見ているだけだ。通りすがりの人から見たら、喧嘩腰の言葉の応酬に聞こえたかもしれない。 「……じゃあ、今日じゃない日。俺が連絡したら、お前はちゃんと俺の話を聞くんだな? お前の言葉に誓って」 「…誓って、…って……」 視線が合ってから、初めて瑞希がたじろいだ。痛いところを突かれた証拠だ。 「もう一度聞くぞ。お前は、ちゃんと俺に会って、俺の話を聞くんだな? 逃げたりしないんだな?」 「…………」 「瑞希」 低く名前を呼ぶと、黙っていた瑞希がカクンと首を項垂れた。 「……分かった。…連絡があったら、ちゃんと話聞く」 「ん」 瑞希の答えを聞いて、漸く握りしめていた腕を解放してやる。瑞希は握られていた個所を左手で擦りながら、声を掛けてきた彼女に返事をしていた。 「大丈夫? 瑞希くん」 「ああ、平気だよ…。あいつのほうが、ちょっと力強いからな…」 「……ちょっと、怖い人だね…」 こそっと瑞希に耳打ちされた彼女の声が聞こえた。 「……そんなこと、ないんだよ…。普段はそんなに怒ったりしない奴なんだ」 「でも…」 「いいよ、もう行こ」 小さな声で話していた二人は、そのまま貴央に背を向けて駅のほうへ行ってしまった。そして、やはり今のやり取りを見ていた貴央の恋人も、驚いた顔をしていた。 「…びっくりしたわ。急に赤の他人の腕をつかんだのかと思ったら、そのまま喧嘩腰になるんだもの…。…あんな貴央を見たのも初めてだったけど…、兎に角場所を変えようよ。何か注目されてて、感じが悪いったら…」 「……ああ、わるかった…。じゃあ、別の店に行こか」 「そうね。私、前に行ったロブスターの店がいいわ」 「何処でもいいよ。任せる」 そうして、金曜日の夕方は去って行った。その場に居た四人の心にしこりを残したまま……。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加