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「……なんだ、貴央じゃんか。すごいとこで会ったなあ。…これからデート?」
女連れであることは見てとったようだった。朗らかな笑みの下の感情を探ってしまう。
「俺らもこれから、ちょっと飯食っていこかーっていってたところ。お互い楽しもうな。じゃ」
貴央が捕らえた手を、やんわりと解こうとする。それを、更に強く握った。
「……っ! ちょ、痛いって、貴央。……こっちにも予定があるんだから、邪魔しないでくれる?」
グッと、更に腕を引き寄せようとするが、逆に貴央のほうへ向き直らせる。
「ちょ、マジで怒るぞ、貴央。…ああ、ゴメンな? こいつ、学生時代の友達なんだ。久しぶりだったから…」
貴央のほうへ向き直らせたのに、振り向いて彼女に説明しているのさえ、腹が立った。喉が焼けるように痛い。
「ちょっと、お前、こっち来い。俺はお前に言いたいことが山ほどあるんだよ」
「…何が言いたいことなんか分からないけど、俺らこれから予定があるんだ。別の機会にしてくれる?」
瑞希の彼女も、貴央の恋人も、二人のやり取りをはらはらして見ているだけだ。通りすがりの人から見たら、喧嘩腰の言葉の応酬に聞こえたかもしれない。
「……じゃあ、今日じゃない日。俺が連絡したら、お前はちゃんと俺の話を聞くんだな? お前の言葉に誓って」
「…誓って、…って……」
視線が合ってから、初めて瑞希がたじろいだ。痛いところを突かれた証拠だ。
「もう一度聞くぞ。お前は、ちゃんと俺に会って、俺の話を聞くんだな? 逃げたりしないんだな?」
「…………」
「瑞希」
低く名前を呼ぶと、黙っていた瑞希がカクンと首を項垂れた。
「……分かった。…連絡があったら、ちゃんと話聞く」
「ん」
瑞希の答えを聞いて、漸く握りしめていた腕を解放してやる。瑞希は握られていた個所を左手で擦りながら、声を掛けてきた彼女に返事をしていた。
「大丈夫? 瑞希くん」
「ああ、平気だよ…。あいつのほうが、ちょっと力強いからな…」
「……ちょっと、怖い人だね…」
こそっと瑞希に耳打ちされた彼女の声が聞こえた。
「……そんなこと、ないんだよ…。普段はそんなに怒ったりしない奴なんだ」
「でも…」
「いいよ、もう行こ」
小さな声で話していた二人は、そのまま貴央に背を向けて駅のほうへ行ってしまった。そして、やはり今のやり取りを見ていた貴央の恋人も、驚いた顔をしていた。
「…びっくりしたわ。急に赤の他人の腕をつかんだのかと思ったら、そのまま喧嘩腰になるんだもの…。…あんな貴央を見たのも初めてだったけど…、兎に角場所を変えようよ。何か注目されてて、感じが悪いったら…」
「……ああ、わるかった…。じゃあ、別の店に行こか」
「そうね。私、前に行ったロブスターの店がいいわ」
「何処でもいいよ。任せる」
そうして、金曜日の夕方は去って行った。その場に居た四人の心にしこりを残したまま……。
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