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2-僕の『こんなの初めて!』ってリアクションはすごくウケがいいんだよ
さあ、出荷だ!
スライムを傷つけないよう工夫されたホースに吸い込まれ、肥育場の水槽から選別場へと流れていく。
300匹程度なら三十分かからずに結果がわかるはずだ。
その間に水槽を洗って……まあ、めんどいから水かけて流すだけでいいか。
次のスライムを発注と。
肥育前のスライムは100匹で1,000ルゴ。
ここに雇われてスライムを育ててあげてるっていうのに、買わなきゃいけないっておかしくない?
でも買わないと育てられないし、育てないと収入なくなっちゃうし、収入なくなっちゃうと、僕の美貌を維持するためのあれやこれやを買えなくなっちゃうし?
あーあ、インペリアルカレッジ時代はお金の心配なんかしなくても、ちょっとおねだりすればプレゼントしてもらえたのに、アゼスクラスのみんなは王宮や自領地勤めだし、ベイトクラスのみんなも王宮だったり、就職先のアゼスクラスの屋敷や領地で働いてたりで、気軽に会うことすらできないんだもんな。
会えなくて寂しいって手紙送っても、みんな花やお菓子を贈ってくるだけ。
現生や宝石とは言わないまでも、靴や絹のブラウスくらい贈ってくれていいと思うんだけど。
なんて考えているうちに、魔道具でスライムの査定結果が部屋の壁面に映し出された。
────
一級:224匹
返却:67匹(肥育不足)
廃棄:9匹
合計:300匹
────
肥育不足!?
廃棄!?
どういうことだよ!
ちゃんと全体の重量計って出荷したのに!
まあでも、初回だしね。ちょっとくらいのミスは気にする必要ない。
なにせ一級だもん。
今回はたった7万ルゴぽっちでも、なれていけば早く肥育できるようになって収入もどんどん上がっていくはず。
そのうちレアスライムも育て上げ、名肥育者として名前をとどろかせちゃったりするかもだし。
って、えっっ!
査定価格2万2千400ルゴってどういうこと!?
一級なんだよ!
僕は肥育室を飛び出すと、怒り心頭で会計室へと走って行った。
◇
「あーあ。やる気でなーい」
カラの水槽のフチに座り一人愚痴る。
スライムの査定結果に怒って会計室に乗り込んだ僕は、会計担当にイラッとくるくらい丁寧な説明を受けた。
まあ、簡単に言えば、一級はスライム一匹あたり100ルゴ、二級は200ルゴ、三級は300ルゴってことらしい。
ややこしい表記しやがって。
なのに職員が「こっちのほうがわかりやすいでしょ」って言うから「そんなの知らないよ!」って答えたら「だったらもう一回教練動画を見るか初心者講習を受けるか選ぶように」なんて、本当に卑劣な奴らだよまったく。
その上教練動画も初心者講習も嫌だって言ったら、結局どっちも受けるハメになってしまった。
教練動画をさらっと見た後に初心者講習の講師が僕の肥育室に来た。
小柄で目がまん丸の棒切れのような体をした男だ。わざとらしい玉ねぎヘアはきっとスライムに寄せてるんだろう。
「ちゃんと教えた通り育てた?一日の魔力付与の回数は?量は?どんなふうに与えてる?」
質問に答えると同時に実演もさせられた。
最悪だ。
魔力は人の体液を介して与える。
そして何の体液を与えるかによって成長も変わってくる。
だけど基本的には汗か唾液だ。
僕は見苦しい汗などかかないパーフェクトビューティーで通してきた。
となると残るは唾液しかない。
スライム男の前で水槽に唾液を垂らす。
屈辱だ。
「え?一回につきこの量?全然足りないよ。まず水を飲んで。それから酸っぱいものを用意してそれを見ながら唾液を出す。これが基本」
人前で唾液を垂らすのが嫌だから控えめにしていたんだよ!
なのに、しっかり何度もやり直しをさせられた。
「唾液を垂らしたらしっかりスライムをかき混ぜる」
え、絶対イヤ。
だけど僕の繊細な心を気遣うことなくスライム男がかき混ぜを強要してくる。
「そんなに雑に強く混ぜちゃだめだよ。スライムの核が飛び出でもしたらどうするんだ」
「飛び出したらどうなるの」
「スライムが死んじゃうんだよ!常識だろ」
「僕が知らないってことは、それは常識じゃないね」
「キミ……残念な子だね。まぁいいや。しっかりまぜないと均等に育たなくて、肥育不足の返却が増えるだけだよ」
だったら最初からそう言えばいいのに。
「100匹のスライムを単純に唾液だけで100グラム太らせようと思ったら、どのくらい必要になるかわかる?」
「いっぱい必要だよ。当たり前でしょ」
何を当然なことをと眉をしかめる僕に、スライム講師はため息をついた。
「10キロだよ。でもそれじゃとんでもなく効率が悪いから、しっかり魔力を流して、魔力で太らせるんだ。唾液は傷つけずにスライムに魔力を流し込むための媒体なんだよわかる?」
「そんなの聞いてない」
「教練動画で最初に言ってたけどね。だからまんべんなくスライムに魔力が行き渡るだけの唾液もしっかり与えないとダメなんだよ」
「ふぅん。そうなんだ?」
「初心者講習二回目なのに、まるで初めてのような反応するねキミ」
「僕の『こんなの初めて!』ってリアクションはすごくウケがいいんだよ。まあ講師にコビてもしょうがないから、愛らしさ50%OFFでお届けだけど」
「ふーん。僕に媚びて査定結果を良くしてもらおうって発想すらできないのは、いいことだと思うよ」
ここに来て初めて褒められたような気がする。
「とにかく、君の魔力量と質じゃ、唾液だけで育てるのは効率が悪いから、他の魔力の少ない肥育者たちのようにトレーナールームで汗をかいて水槽につかって、まんべんなく魔力をスライムに与えることも考えたほうがいいよ」
無理。
絶対に無理。
むさ苦しい奴らがフンフン言いながら体を動かし汗をかいている空間に行くなんてイヤ。
その上、汗だくになってスライムだらけの水槽に浸かるなんてもっとイヤ。
ああ。すっかりやる気なくなっちゃったよ。
大体、唾液だけで育てるには魔力が良質でスライムに愛されてないとダメだなんて。
僕を誰だと思ってるんだろう。
インペリアルカレッジの愛され力ナンバーワン、タチアナスト・ロリゲスだよ。
「それから、キミレベルの魔力では唾液と汗以外での肥育は推奨しない。おかしな育て方をして廃棄になった場合は、特殊廃棄手数料を取られることもあるので注意するように」
さっきの動画で何か言ってたな。
「血液や尿とかで育てると臭くなるんだっけ?」
「半分正解だ。血液で育った場合レッドスライムとなる。これは臭くは無いが、凶暴で需要が少ないので廃棄処分だ。尿はまぁ推して知るべしだな。スライムが吸収すると通常の何十倍も臭くなる。しかも潰して殺処分すると、細胞壁が壊れ臭いが何百倍にもなる。だからしぼんで死ぬのを待つしかない。そのため特殊廃棄手数料がかなりかかる。間違っても試すなよ」
当たり前だ。僕がスライム水槽に放尿なんてするわけないでしょ。
「なかなかスライムが規定サイズに育てられない奴は、ダメだって言ってもやりがちなんだ。マジでやめろよ?」
「だから、しないって!」
「教練動画にもあったけど、血液でルビースライム、尿でゴールドスライムを作れるやつなんてほんの一握りなんだ。普通に育てることもできないお前には100年かかっても無理だ。絶対にやめろ」
えっっ……!ルビースライムにゴールドスライム?
「じゃぁ他の体液でもどんなスライムに育つとかわかってるの?」
「動画でも言ってだけど、健康時の鼻水では普通のスライムが育つけど、風邪をひいたときに運がよければグリーンスライムになることもある。だけど大体は腐ったように濁る。だから風邪をひいた日は肥育を控えたほうがいい」
グリーンスライムはそのままで解毒薬を分泌するんだったっけ?
「他は?」
「だから、動画でも言ってたけど、精液の場合うまくすればホワイトスライムがピンクスライムだけど大概の場合はとんでもなく生臭くなって特殊廃棄手数料がかかる。絶対にやめろよ」
「他は?」
「君ね、動画でも見たでしょ?それにこの部屋に置いてある教本にも書いてるから、それでちゃんと確認してね」
そして講師は、復習だと言ってもう一度僕にスライムに唾液をたらさせると、僕の肥育部屋を出て行った。
うん。やる気出ないなぁ。
でもルビースライムにゴールドスライムにグリーンスライムにホワイトスライムにピンクスライムか。
基本のスライムさえ作れるようになればきっと僕ならすぐだよね。
僕は教本を確認した。
えーっと。
ピンクスライム五級、グリーンスライム六級、ホワイトスライム七級、ちょっと飛んでルビースライムが二十級か。
ルビースライム一匹で2,000ルゴだから、100匹でえーっと、20万ルゴ、それがこの部屋の水槽いっぱいなら、20万ルゴ×6で、すごく儲かる!しかも一週間に一度出荷出来たら「すごく儲かる」×4でとんでもなく儲かる!
きっとアゼスクラスに仕える家令並みだ!
ええっ!僕ってすごい!
きっとインペリアルカレッジの同期のアゼスクラスの子だって、まだこんなに稼いでないよ!
ふふっ。そしたら、このお金で上流階級のパーティー券を買って、僕の美貌でパーティーの話題を独り占めにして、さくっとアゼスクラスの当主の愛人に収まって、あとは働かずに一生安泰間違いなし。
いや、もしかしたら、王族のセザクラスの目にとまって愛人にしてもらえちゃうかも!
そしたら世界各国の華麗なパーティーに引っ張りだこになって、いろんな国の王や王妃が僕の関心を得ようと、競い合うんだ。
もう最高!
はぁ。
僕が社交界の花に……。
だったらもう、こんなスライムなんか育ててる場合じゃないよね。
今日はとっとと家に帰って、肌のお手入れを念入りにしようっと。
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