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4-し、死ぬ!こ、攻撃していい?
これは……?
え、怖っっっ!
ランスールがスライムを怒らせた次の日、肥育室で僕は呆然としていた。
昨日ほどではないものの、まだランスールが唾を吐いたスライム水槽はウニョっている。けれど、僕が驚いたのはそれが理由じゃない。
いきなりスライムたちのかさが増えていたのだ。
水槽のスライムたちをよく見てみると、もう出荷サイズに達しているものもあるっぽい。
総重量はまだ不足してるけど、肥育不足はどうせ返ってくるんだし……出荷、しちゃう?
ザパァ。チュプ、チュプ、チュプ。
大して悩むことなく、僕はホースでスライムを選別場へと流した。
そして、水槽を適当に流水ですすぐ。
仮に出荷サイズに達してたのが水槽二つの半分、100匹だけだったとしても、一週間で肥育できたんだから上々だよねー。
一級を100匹で1万ルゴ。
ここに通う交通費だけでカツカツだからあきらめなきゃって思ってたハナラ・マクオの期間限定スイーツBOX買えちゃう〜。
それからここって水仕事ばっかりだから、ハンドケアクリームも欲しかったんだぁ。
ウキウキしながら結果を待った。
そして、壁に査定結果が表示された。
…………え?嘘!
────
二級:153匹
三級:24匹
返却:17匹(肥育不足)
廃棄:3匹
合計:197匹
────
二級と三級がこんなに⁉︎
僕すごい!やっぱり天才!
ああ、もう、だから天は二物も三物も与えるんだって!
あれ?でも三匹どこ行った?
あ!ランスールのバカがスライムを怒らせたから、水槽内で潰れちゃったのかも!
じゃあ、核が残ってるはず……あれを乾かすと魔石っていうか、魔砂が取れるんだよね。で、ある程度集めると換金してくれるって言ってたはず。
……あ、さっき水槽を適当に流しちゃったんだった。
ま、いっか、そんなはした金。
水槽二つの価格が3万1千400ルゴでしょ。
てことは、水槽三つなら毎週4万5千ルゴはいけるってことでしょ?
固定給も含め一ヶ月28万ルゴ。
ちょっと少ないけど、なんか僕、肥育能力が急成長してるぽいし、このままどんどん能力上がって、収入も上がって……。
うん!社交界の花への足がかりとしては上々じゃない?
親しくなったアゼスクラスの貴族に、実はこんな苦労したんだよって、スライムファームの話したりして。
このしみったれたファームでの経験談は、華やかな僕とのギャップとして最高だよね!
上機嫌になった僕は、新しく肥育するスライムをオーダすると、仕事を早引けし、家人を連れて限定スイーツ購入に向かった。
お店で可愛い瓶や缶に入ったお菓子を見ていると、限定品だけじゃなくあれもこれも欲しくなる。
これからどんどん収入は増えるんだし!って、一週間の交通費とお茶代だけ残して色々買いたかったけど……。
予定の予算オーバーしても五品しか買えなかった。
むぅ〜!!
でもいいもん。
また来週……あ、あのハンカチーフ素敵。
うん、来週は小物を見て回ろうかなぁ。
◇
おかしい。
前回の出荷から一週間経ったのにどの水槽も出荷サイズに育ってない。
前回一つ残ってた水槽なんて二週間経つのに。
おかしいよね?
確かに今週面倒くさくて二回くらい仕事サボっちゃったけど、僕の才能を持ってしてなら、普通そのくらいなんともなくない?
前回と何が違ったんだろう。
一緒だよね?
うーん。
強いて言うなら、ランスールが来てない……あ!
そうか!
わかった!
僕の美しい魔力に酔いしれていたスライムたちが、ランスールのツバを浴びせられて憤怒した、あれが重要なのかも!
僕の魔力は心地いいから、スライムたちはずっとこのままいたくて、太るまいと必死になっちゃう。
だけどランスールにツバを吐きかけられたもんだから、こりゃヤバいって思って一気に肥った。
ランスールにびっくりさせられたとはいえ、ずっと僕が育ててたスライムだから品質はいいまま。
うん。
ってことは。
◇
「遅い!」
「いや、これでもアカデミーを抜け出して魔法転移ステーションまで……」
「僕の昼食を奢らせてあげようと思ってたのに遅い!」
「ごめん。でも俺はまだ昼食……」
もう!午前中に魔器でメッセージ送ったのに、いまは一時半だよ。
「メッセージした通り、走ってきた?」
「あ、うん」
「汗かいた?」
「うん、でも大丈夫、不快にさせないようちゃんと……」
ハンカチーフを取り出したランスールをさっと制する。
「汗はぬぐわずに、服脱いで下着になって」
「え?」
「早く!」
ランスールがおずおずと服を脱ぎ長い腕で体を隠す。
お前の下着姿に興味なんてないって。
「じゃ、水槽に入って」
「え?」
スライム水槽はランスールが前に立っただけでウニョウニョと波だっていた。
「入るって、ここに?」
「カラの水槽に入ってどうするの。早く!」
ドンと背中を押す。
だけどなかなか素直に入らず、五分もゴネやがった。
ランスールが足から恐る恐る水槽に入る。
「うわっ!」
すねまで浸かったところでスライムが一気にうねり、ランスールが水槽に引きずり込まてしまった。
あ……ヤバい。
激しくうねるスライムたちに完全に飲まれた。
……死ぬ?
どうしよう。
その時一瞬スライムの動きが止まり、ザバッとランスールが立ち上がった。
とはいえ、ランスールの周りにはスライムがびっしり。
「タ、タ、タチくんっっ!し、死ぬ!こ、攻撃していい?」
「ダメに決まってるでしょ!野良モンスターじゃなく、売りものなんだよ!」
僕に攻撃を禁じられたランスールは必死に水槽から這い出して、ベチっとタイルの床に転がった。
あーあ。まだたくさんスライムがくっついてるから何匹かは潰れちゃったな……。
そんなことを考えていると、ランスールがもがき始めた。
「あうっ!やめっ!ちょっと待ってぇぇ!!」
……?なんだ?
「タチくん!取って!!スライム取って!」
「知らない。ランスールが水槽からスライムを出したんだから、ちゃんと自分で戻してよ」
必要以上スライムにさわりたくないんだもん。
さっさとどうにかしてよ。
次の水槽のために、トレーニングルームで一汗かいてもらわないといけないってわかってないんじゃない?まあ、まだ言ってないけど。
ああ、そうだ。トレーニングルームに行く前に水分補給しないとね。
この前買ったお茶と、お気に入りのティーセット。
プレゼントしてもらった中では比較的安めのやつだけど、ターコイズブルーの陶器に白の柄が美しくて見栄えはするんだよ。
どんなお茶でも美味しくなる魔具カップっていうのもあるけど、あんなの無粋。
インペリアルカレッジ時代は魔具カップに頼らず品の良い茶器で丁寧に美味しいお茶を入れるだけでみんな僕にうっとりだったよねぇ〜。
「僕にお茶を入れてもらえるんだから、ありがたがって飲みなよ〜」
「ひぁん!」
ん……?
五分以上経ってるのにまだ床で悶えてる?
「何やってんの?」
「んっ。ぁっ……あっ。やっ!スライムがっ……!攻撃はダメだって言うから、殺さないよう慎重に取ってるけど、また戻ってきて……ひぁあああああ!」
手をブルブル震わせながら三匹引き離しては二匹戻るを繰り返してる。
「いつまでも寝てないでスライムを水槽に戻しなよ」
「わ、わかっ……てるけどぉぉっっ!!ぁっ!ぁっ!ダメだって!本当、ダメっ!」
腰のあたりに手をやって、落ち着きなく身悶える。
よく見るとランスールから離されたスライムたちはタイル上に脱げ落ちた汗を吸った絹の肌着にたかって玉になっている。
そしてランスールにまとわりつくスライムは顔と腰に集中していた。
「ぁあっ!もう無理っっっっっ!!!」
床に転がったままクッと体を折り曲げモゾモゾと。
そしてスライムごとパンツを放り投げた。
「え、お前何やって……」
「やめてって!なんで……もう!君たち、本当になんでこんな食いしん坊なんですか!」
スライムに敬語で話しかけてる……。
「タチくん……お、お、お尻のだけでも取って……あっうううう!!」
「……お尻?この僕にお前の尻にさわれと?」
「尻にはさわらなくていいので、スライムをこれ以上中に……ぁあっっ!」
「…………はぁぁぁ?????お前、なんで尻にスライム入れてんの?ド変態!」
「お、俺が入れたわけじゃ……。口や鼻は死ぬから入らないでってお願いしたらちゃんと聞いてくれたんだけど、お腹が空いてるからかそれ以上言うことを聞いてくれなくて……も、本当に、本当におねが……」
スライムがお願いを聞いてくれた?
何言ってんのこいつ。
とりあえず腰まわりにいるスライムを二、三匹引っぺがして水槽に投げ込む。
あーあ。ランスールの汗を吸ったスライムをさわっちゃったよ〜。
そしてお尻にくっついたスライムのうちの一匹をうにゅっとつまむ。
ん……?結構しっかり張り付いてる?
にゅっ!にゅっ!
「ぁひっっっ!!やめっ!取って!」
「え、やめるの?取るの?どっち?」
「ッッタチくん取ってぇぇ!スライムくんたち、もうやめてぇ……」
ムッ!僕とスライムを同等に扱うんじゃないって!
潰れても構うもんかとばかりにスライムを引っ張った。
するとニョーンとスライムが伸び、核の部分がチュプン!と抜けた。
ん?……抜けた……?
抜けたって、どこから?
うわっ!今の、ランスールの尻の中に入ってたヤツか!
サイアク!!!!!
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