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プロローグ それは、うららかな春の日のことでした
ある土曜日のお昼過ぎ。
彼は自分がもっている一番いいスーツに身を包み、自宅マンションを出た。
歩きながら胸ポケットのふくらみを何度も確認する。そこには、先週渋谷のジュエリーショップで購入した指輪が入っていた。
いわゆる、婚約指輪というやつだ。
マンションの階段を軽快に駆け降りると、いつもより早足で駅へと急いだ。
待ち合わせをしている彼女とは、もう付き合って三年になる。
彼女とは、大学のサークルで出会った。そのときはただの友達関係として終わってしまったが、三年前に同窓会で再会してから、どちらからともなく連絡先を交換して交際がスタートした。
出版社に勤める彼女は休みも不定期で、銀行で不動産融資担当として勤めている自分とはなかなか休みも合わない。
それでも極力二人で時間を合わせて、会える時はなるべく一緒に過ごすようにしていた。
普段は家デートがほとんどだったけど、今日は久しぶりに外の待ち合わせ。
おいしいレストランを教えてもらったから、一緒に行こうとそう言って誘った。
その席で、プロポーズするつもりでいた。指輪も用意したし、レストランの予約も取ったし。ついでに近くのホテルの予約もしておいた。夜景のきれいな上階の部屋を取ったんだ。彼女は、二人とも自宅が都内にあるのにもったいない、なんて言って笑うだろうか。
それでも、たまにはそんな贅沢もいいよね。
一生の記念になる一日になるかもしれないし。いや、記念になるような一日にしなきゃならないんだ。
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