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(気分でも悪いのかな……)
よく見ると、顔色も悪い気がする。
きっと、体調が悪いのに無理して出社してきたのだろう。課長もその男性には気を使っているのか、彼の自己紹介は飛ばしていた。だから、結局彼の名前はわからずじまいだ。
(まぁ、いっか。あとで誰かに聞くか、座席表見れば名前はわかるし)
そのあと総務課での様々な手続きを終えて自分のデスクに戻ってきたら、オフィスの壁掛け時計は十時前を指していた。初めての職場に早くも疲れを感じ始めていたけど、お昼休みにはまだ遠い。
(そうだ。先週実家に帰った時に買ってきたお土産があったんだ)
それを同じ係のみんなに配って十時のおやつにしてもらおう。
千夏はデスクの下においてあった自分のトートバッグからお土産の箱を取り出した。かわいい缶に入った、地元名産のサブレーだ。サブレー系の中では一番おいしいと千夏は思っている。さくっとした触感と香ばしいバターの香りに手が止まらなくなる、地元自慢の名産品だ。
「どうぞ。この前実家に帰ったときに買ったんです」
そう言って渡すと、ほとんどの職員たちは、
「お。俺、このサブレー好きなんだよね」
「おいしいですよね! 私も大好きなんです!」
と表情を緩めてくれた。
でも、千夏のはす向かいの席に座る男性職員だけは、デスクに置かれたサブレーに何の興味も示さないようだった。
(……なんか、怖い感じの人だな。この人)
でも、よく見ると案外イケメンだった。センスのいい眼鏡の奥にある、鋭い切れ長の目。彼はノートパソコンのディスプレイに映し出された、どこかの物件の写真をじっと見ている。年頃は二十七歳になったばかりの千夏より、少し上くらいだろうか。
顔が良い分、にこりともしないその雰囲気はどこか近寄りがたい空気を纏っていた。
黒っぽいスーツの袖から、右手首に嵌められた水晶のブレスレットが覗いている。パワーストーンというやつかな。自席にもどって座席表で確認すると、『久世晴高』と記されていた。
あまり見ない苗字だけど、この支店の別の課にも同じ苗字の人がいるとかで、こちらは下の名前で晴高係長と呼ばれているのだと課長が紹介していたのを思い出す。
あまり関わり合いになりたくないなぁなんて印象を持ちながら、千夏は最後に自分の右隣のデスクにもサブレーを置いた。
先程からずっと俯いている、あの男性職員のデスクだ。
体調が悪そうな人にお菓子を配るのもどうかと思ったけれど、一人だけ配らないのもよくないだろう。
「これ、おいしいんですよ。お口に合うようでしたら」
そう笑顔で伝えたが、こちらも返事はない。ただじっと、うつむき加減でデスクの一点を見つめたままだ。顔色もやっぱり悪そう。というより、ほとんど蒼白だ。
「あの……大丈夫ですか? どこか、ご加減悪いようでしたら……」
微動だにしない彼の様子に心配になった千夏がそう声をかけたとき、前のデスクから鋭い声が飛んできた。
「お前、そいつが見えてるのか!?」
「へ?」
顔をあげると、声をかけてきたのは晴高係長だった。彼は立ち上がって、体調の悪そうなその男性職員を指さしている。
「え、あ、はい。なんだか、具合悪そうだなって……」
そう答えると、晴高は切れ長の目をびっくりしたように見開いて「まじかよ」と小さくつぶやいた。そして、衝撃的な一言を口にする。
「……そいつさ。幽霊だよ」
「………………はい?」
言われた意味がすぐには理解できず、千夏は間の抜けた声で聴き返すしかなかった。
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