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我輩はハムである
吾輩はハムである。名前はまだない。
どこで生まれたか、とんと検討がつかない。
何でもふかふかの床材に包まれてちゅーちゅー泣いていたことだけは記憶している。
そこで、たくさんの兄弟達と一緒に育った。
お腹が空いたらお母さんのお乳を吸って、目が開かないうちから好奇心のままに辺りを探検しては首根っこを咥えられて巣穴に戻されていた。
お乳を卒業した頃、兄弟達は男の子と女の子に分けられて、我々男の子はお母さんと離れたところで暮らすことになった。
少しの寂しさはあったものの、兄弟達と遊んだり喧嘩したりしながら無邪気に育った。
そしてある時、その兄弟達とも別れて小さな入れ物にいれられて長い時間移動することになった。
外の様子は分からなかったけど、もう兄弟達とは会えないのだと分かった。
なんだかよく分からないまま、新しい住み処に着いた。
そこで僕は僕専用の部屋を与えられた。
水やご飯に困らないのは今まで通りだったけど、そこは変わった場所だった。
そこは、僕以外にもたくさんのハムスター達がいるようだった。
ハムスター以外のものもいるようだった。
嗅いだことのない匂いがたくさんした。
聞いたことのない鳴き声もたくさん聞こえた。
そして、昼間はたくさんの人間達が出入りする場所だった。
人間達は、広い空間を歩き回り、時折僕の住み処を覗いていた。
僕は品定めされている気分になった。
ここはどういう場所で、これから僕はどうなるんだろう。
分からないことだらけだ。
でもまぁ、考えても仕方のないことなのかもしれない。
なるようになるさ、と僕はぼんやりと日々を過ごした。
そして、ある日のこと。
僕は、1人の人間の目に止まったらしかった。
その人は僕を真剣な目で見つめていた。
少しして、僕はこの場所を管理しているらしい人間の1人によって、唐突に住み処から出された。
そして、初めてその人の手の上に乗せられることになったのだ。
僕はその人の手の上を逃げ回った。
何か怖いことが起きるのではないかと、不安でいっぱいだった。
だけど、別にとって食われることもなく、握り潰されるわけでもなく、いじくり回されるわけでもなく、そっと降ろされた。
それから僕は小さな紙製の暗い箱の中に入れられた。
時々揺れを感じながら、しばらくその中で過ごした。
そうこうしているうちに、目的地に着いたらしかった。
以前の移動に比べたら、とても短かったと思う。
箱が開けられ、僕はまた新しい住み処に移された。
どうやら僕はまた1匹で過ごすらしい。
僕専用の住み処に、僕専用のご飯や給水器が用意されていた。
安全は保証されていそうだが、自分の匂いが一切しない空間はとても落ち着かなかった。
ここがどれだけ広いかはまだ分からないが、これから色々探りつつ、隅々まで匂いを付けていく必要がありそうだ。
「ここが新しいおうちだよ、シューマッハム」
ここに来て僕は、初めて名前というものを与えられたようだった。
その名前が、ありふれたものなのか、珍しいものなのか。
カッコいいのか、可愛いのか、ダサいのか。
僕には全く検討もつかなかったが、兎に角僕は『シューマッハム』になったらしい。
そして僕と、僕を連れて来た人間との新しい生活がスタートした。
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