歓迎ムードが俺の心を削ってくる……。

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「おはようございます!!朝ですよ、若様!!」 ジャッというカーテンレールの音と共に朝の光が眠っていたユーゴの顔面に降り注いだ。 メイドの元気な声と眩しい光で、夢の世界から連れ戻されたユーゴは、寝惚けながらベッドから落ちた。 「ぃっったぁ~!!!」 「若様~、慌てなくとも祭りは逃げませんよ?それに就任式も二日後にございますから、益々盛り上がっていきますよ。」 そう、学園を卒業して成人したユーゴはとうとう辺境伯を継ぐことになったのだ。 別に父親が病だとかではなく、代々当主は、自分に余裕がある内にリタイアして後継を育てる。 ついでにいえば、老後に新婚に戻った気分で旅行する気でいるらしい。 元気でなければアチコチ行けないし、美味しいものも食べられないと主張していた。 ………………自分にそっくりな小柄な母親が。 「旦那様と温泉に行くの♪最近、領地の端っこに作ったのよ~。セオドアが言ってた本物の温泉玉子?っていうのも作れそうなの♪」 齢五十を越えそうなのに、きゃぴきゃぴと新婚旅行気分の母親がオーガも裸足で逃げ出す強面の父親に腕を組んで頬を染めている。 父の方も満更でもない顔をして、にやけそうなのを引き締めているのが息子であるユーゴとセオドアには丸分かりだった。 長兄のグレンは、もう慣れっこで、それは良いですね~と流して、黙々とメインディッシュの骨付きステーキを頬張っていた。 「……俺もミコと一緒に行こうかなぁ。」 「良いけど、即断即決で引っ張って行かないでよ?セオドア兄さん、ミコトの慌ててる顔も可愛いってやりそうだもん。」 …………等と和気藹々と久々の家族全員で団らんを楽しんだのが、昨晩の事だった。 寝ぼけ眼でのそのそと着替えながら、今日の予定はなんだったかな~とのんびり構えて居たユーゴだったが、朝食を終えた途端に忙しくなった。 新領主の挨拶回り、生産物と交易の強化に伴う報告書、記念の新作料理大会の草案のチェック……。 「若様!!ユグドラシルからの定期便が着きました!!例年よりも一週間遅れですので、急いで調整資料に目を通してください!!」 「若、大猪が大量発生してるせいで、冬眠カブがやられた!!冬を越す前に食われた分の収益と補填が……!!」 商工会の代表者がドサッと交易リストを持ってくると、間を置かずに農業組合とハンター組合から害獣による被害の報告書がこれまた山のように積み上げられた。 「アレックス、商工会の方は日にちが遅れた分と照らし合わせた損益を試算してね!!それに今年から試験的に栽培した薬草の売値も見てくれる!?」 「了解!!数人こっちに文官を寄越してくれ!!」 「ユーゴ様、私はハンターをいくつかグループに分けて山狩りして駆除して参ります!!獣肉加工の手配と狩猟の準備金を!!」 「おぅ、気を付けて行ってきてね~。獲物のいくつかは、いつも通り被害の有った集落に寄付して冬越しに役立て。後で出納をチェックするから使った道具は記帳してアレックスに渡して。偵察して大変なら、町にいる冒険者も募集してね。」 老朽化した水路の補修や新しい井戸の工事の費用を書きとめながらユーゴは、従者であるアレックスとミコトに仕事を割り振っていった。 時間を掛ければユーゴが出来る仕事だが、現場は待ってはくれないのだ。 アレックスとユーゴが領地運営の書類整理して、ミコトがハンターを指揮して大規模戦闘(野性動物相手)をこなす。 父親である辺境伯も国への決算報告でてんてこ舞いだ。 夕方からは町の顔役に挨拶と周辺の貴族にも使者を送らねばならない。 「ユーゴ坊っちゃん、これが終われば祭りですぞ。ファイトですぞ。」ボソッ 仕事中の彼等を柱の陰で目を細めて応援しているのは、執事長のじいやであった。 仕事の合間を縫って様子を見に来て、軽食やお茶を持っていくように絶妙なタイミングで指示を出していた。 「じぃー、大猪には俺のパーティーも協力するぜ。ガンナーっていう弓の強化版使う仲間が居るからな。アイツ等の分厚い毛皮は厄介だろう?」 ふらりとやってきたセオドアが、軽食をユーゴに運んでいたじいやに話し掛けてきた。 勿論、無料奉仕では引き受けないのが冒険者の矜持だが、辺境の大猪といえば引き締まっているが甘い脂肉だと評判で、仲間や他の冒険者の小遣い稼ぎにはもってこいだった。 「……って訳で、ミコに協力してくるわ。大体相場は一頭銀貨五十枚から金貨一枚、俺は息子だから金は無しだけど、仲間には中々いい稼ぎになるからな。」 「助かるよ、セオドア兄さん。あの獣め、俺が丹精込めて栽培法広めた貴重な甘味料を!!」 冬を越す為に蓄えた糖分が多く含まれたカブを春先に収穫すると、それを加工して王都で売る。 環境が厳しい程カブは糖分を溜め込むので、辺境の寒暖差の激しい地域で特産にする予定だった。 去年は好評で生産も軌道に乗り始めたら、目敏い猪に荒らされたようだ。
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