歓迎ムードが俺の心を削ってくる……。

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良いものが手に入るからと昔ながらの取引先を一方的に切る。 または、この品物が例年よりも必要だから倍量仕入れろ。 これは我儘な貴族がよく言う台詞である。 ごり押しは出来るが、反感を買わないわけではないというのに、こういう発言をする輩には、平民は従うものという図式が脳内に焼き付いているらしい。 万が一フォロー出来なくて相手が潰れても、数ある伝の一つが無くなった所で痛くもないのが、お貴族様である。 領地はゆっくりと寂れていくが、その分搾り取れば自分達の生活水準は変わらないのだから、呑気なものである。 ただし、それが出来るのは安定した環境下の領地のみの話だ。 ハイリスクハイリターンな辺境や特産物で成り立っている領地、国の食料を一手に担っている穀倉地では得られる富は凄いが管理者の能力も問われて、責任も重大なのだ。 「生産品の調整!!あー、午後の茶会で丁度会談する中に、責任者来る予定なのか!!その前に、商工会にリスト届けてくれー!!」 怒号めいた音量で指示が飛び交う執務室は、訪ねてきた客がそっとドアを閉じるレベルの忙しさで全員がドタバタと走り回っていた。 繁忙期のこのデスマーチが嫌で上の二人は根を上げたのだった。 正確には、能力的にも精神的にも対応しきれなかったのだ。 一方、ユーゴはというと、だんだんとランナーズハイになってきて「あはは!!そろそろ本気を出すかぁー♪暖まってきた~♪」と忙しいほど燃えてる状態だった。 「ヤッホー、ユーゴ!!今日はミコのお陰で肉祭り決定だぜー♪」バターン 「ひゃっほぉー♪本当に!?肉だぁ~!!肉コロケ、内臓シチュー、シンプルに焼き肉!!野郎共、食い尽くすぞ~♪」 「「「うおぉおおおおおお!!!!!」」」 あ、こりゃダメだ。 セオドアの後ろから執務室の地獄絵図を覗き込んだジョルジュは、謎のハイテンションで書類を処理していく事務方達から、そっと目を逸らすのだった。 アレックスも両手に書類を持ったまま万歳してるし、文官の皆さんは目が虚ろなまま奇声を上げている。 (うわぁ………こりゃ、害獣駆除してる方が俺は性に合ってるわ。いやはや、このテンション怖いだろう!?このミニ暴風トリオ、成人してもぶっ飛んでやがる。) もしも家督を継いでいたら、こういう状況に自分もなっていて、ランナーズハイで書類にサインしていたかもと思うと、勘当されて良かったと心底思うオッサンであった。 こういった些細な出来事は有ったものの、無事に就任式兼卒業おめでとうパーティーは領地をあげて執り行われ、おおいに盛り上がったのだった。 辺境の民は、普段は真面目にやってるだけに、お祭りには本気で楽しむタイプだった。 ユーゴの前には、帰省時に挨拶できなかった人々が代わる代わるやってきて、おめでとうと祝福していった。 ついでに、フラれた事についてちびっこの頃から知っている城下町のお節介なオジサンオバサンが、毎回聞いてきて蒸し返しては慰めるので、全然ぱぁっと祭りで発散して忘れるなんてことは出来なかったのも付け加えておこう。 「うぉおおおお!!!違うもん!!ヴィクトリアが超面食いの高身長厨だっただけだ!!俺がチビッ子なのはこれからの伸び率が有るからだもん!!」ガツガツ 自棄食いで山盛りコロケをリスのように頬張って、ユーゴはちょっと噎せつつ大量のご飯をがっついていた。 涙目なのは噎せたからであって、決して繰り返し盛大な婚約破棄について慰められて余計に心の繊細な部分を抉られたからではない。 「あらま、あの坊っちゃん、ユーゴ君だっけ?セオドアの弟って言ってたけど、ホントにお貴族様なんだね。坊っちゃんだの若様だの言われてるけど、兄を蹴落としてまで地位が欲しいって、お貴族ってのは怖いもんだね~。」 モグモグと骨付き肉を齧りながら、この前仲間になったばかりのガンナーの青年が皮肉げに笑った。 その言葉に昔からいる魔法士の女性と治癒士の少女が眉を潜めた。 「何言ってるのさ、セオドアはむしろ跡継ぎが嫌で弟に譲ったんだよ?アイツったら珍しい古文書だの遺跡だの有ったら、すぐに飛んでいっちまうんだもの。領主なんて無理無理(笑)」 「領地を経営するのは机で書類とにらめっこじゃないの。私も学習院と教会で嗜みとして知識を学びましたが、単に強ければ治まるものでもないわ。それに……まあ、複雑なのよ。」 治癒士の少女がぐっと呑み込んだ言葉は、所謂政治的な駆け引き等のドロドロした部分だった。 有力貴族にコネがない教会が後回しにされている領地もあれば、逆に必要以上に寄附金を受け取り私腹を肥やす生臭坊主もいた。 「ここはどうかまでは判らないけど、あの獣の強さじゃ、国家予算を適正に運用しないとしっぺ返し喰らうかもしれないわ。リーダーがそういう細かい微調整考えるの、苦手だって知っているでしょう?」 「あはは、あの猪みたいなのが居たら、あれこれ壊されるだろうし、セオドアったらしょっちゅう補修しないといけなくて気が狂いそうだって言ってたわね(笑)」 肩を竦めて葡萄酒を豪快にあおった魔女の御姉様は、ムチムチした太股を見せびらかしつつ優雅に組み換えてニヤリと笑った。 大方、ガンナーの青年がユーゴとそう変わらない年齢で、セオドアを慕っている分リーダーが継ぐかもしれなかった貴族の地位が弟に転がり込んだのが面白くないらしい、という心情を読んでいた。 治癒士の少女はちびちびとリンゴのリキュールを舐めて、その様子を見ない振りをしている。 「あんた、ぶつぶつ言ってるけどもユーゴちゃんが継がないとセオドアが領地に帰らないと行けないんだよ?ユーゴちゃんはねぇ、細かい予算編成とか地味な補修計画とか気長な作物開発とか徹夜でやっても普通と思ってる変わり者だけど、本当は兄弟三人で領地でサポートしあってた方が楽だわよ。」 セオドアに視察して貰えば、その分中央で采配を振るうのに集中できるというものだ。 セオドアとて優秀な部類なので、報告書を綺麗にまとめるなど造作もない。 現に迷宮都市ユグドラシルのギルドに報告書を出す時も、判りやすく重要な点を押さえているので、評判が良い。 キチンとした報告を伝達できてるというお陰でランクが上がっているのも有るのだ。 「でもねぇ……セオドアは根っからの自由人じゃない?冒険にワクワクしてちっとも腰が落ち着きゃしない。ミコト君が辺境で待ってなきゃ、未知の世界へドンドン踏み行って帰ってこなくなる。いつだって新しい世界へ目が向いてるんだ、狭い執務室に縛り付けられやしないよ(笑)」 ワインレッドの艶やかな髪を一房掻き上げると、やれやれといった風にため息をついて、続けてガンナーの青年をこんこんと諭したのだった。 適材適所であれ、年齢に関係無く最も合った役割分担こそが、辺境の発展している隠れた要因だった。 (それに……リーダー居なかったら、支援術も足りないの。私も回復に重きを置いてるとそこまでは手が回らないのですもの。指揮も的確だし、きっと居ないとワンランクは下げないとクエスト達成が厳しいわ。) リンゴの芳醇な薫りと舌先を焼くようなキツイ酒精に、ほろ酔い気分になりながらも、治癒士の少女は心の中で魔女の御姉様の説教に付け足した。
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