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ユーゴは、娘を宜しくと言った王様の顔と厳つい顔を微妙にニヤケさせながら出発して行った父と兄の顔を、脳裏に交互にちらつかせながらどうにか関係者を会場から連れ出さないとと必死だった。
さようなら、俺のローストビーフ。
さようなら、俺のチキンカツ。
さようなら、王都の有名店の特別ケーキ。
さようなら、ほくほくのじゃがバター。
今頃、予定では豪華な食事をみんなでつついて居たはずなのに。
お祝いに高級シャンパンだって飲めた筈なのに。
「……あ、俺の好きなベリータルトを視界に入れてしまった。嘘だろう?特別仕様でベリーが三種盛りだぞ?……うわ、話にしか聞いたこと無い巨大エビのスープだと!?間近で見たかった。頭だけで俺の顔よりでかい。」ブツブツ
留学生の故郷の変わった料理の数々、遠い国の聞いたことしかない料理を実食できる機会がパァである。
魚を塩の塊に閉じ込めた変な料理、弾力の有る穀物を蒸して潰した皮で豆のジャムをくるんだ「ダイフク」というお菓子、何十種のスパイスで煮込んだスープ、芋好きなユーゴが一度だけ食べてハマったコロケという芋の揚げ団子。
名残惜しそうに横目で見ながら、ユーゴは渋々ギルバート殿下とヴィクトリアを別室に案内してもらった。
今頃、城でパーティー最後の〆の挨拶の準備中の王様へ伝令が飛んでいるだろう。
「……ユーゴ様、給仕係に全種類盛り合わせて持ってくるように指示しましたから、自分で選ぶ楽しみは有りませんが、食べられますよ。」
「そうだぞ、腹が減っては力も気力も出ない。癪だが、王太子殿下と王女殿下にも何かしら食事して貰わねばならん。」
グーグーと腹を鳴らしながら、ションボリするユーゴを見兼ねて、別室へ大皿に盛った料理が届けられることになった。
他の友人達も、いきなりの婚約破棄宣言でユーゴを可哀想に思ったのだろう。
主に、パーティーの食事面で。
何せ、今日の立食パーティーにヴィクトリアを誘って、久々にゆっくり話をしながら食べるのだと寮を出る時はウキウキして話していたからだ。
確かにユーゴは忙しいと何度もヴィクトリアの誘いを断っていたが、父親の手伝いである公的な用事を急に思い付いたショッピングを理由に断れはしない。
普通は長男が継ぐであろう家督は、辺境においては実力と適性の方を重視する事から、しばしば次男以降、もしくは娘が継ぐことすら有った。
いざ、魔物の暴走が起きたら指揮を執り、時には自ら戦い、過酷な魔素過剰な地域の元気すぎる害獣対策に追われ、就任してから仕事を覚えていくのでは遅すぎるのだ。
ユーゴの長兄のグレンは武には天賦の才が有ったが、細々とした財政監理が苦手だった。
何処を優先して公費を投じるかが、下手くそで戦場では生き生きしているのに、机の前ではすぐに悄々になって生きる屍状態なのだ。
弟が継ぐとなった時も、嬉々として代わってくれるならサポートするぞ、と手放しで喜んだ程だ。
次兄のセオドアは根っからの自由人で、兎に角興味あるのはいまだに謎の多い原初の大樹の麓に有る迷宮都市だった。
珍しい素材、珍しい動植物、まだまだ未開の巨大迷宮。
商人から色々と聞いた話を、自分の目で見たくて仕方なかった彼は、文武両道であっても冒険が辞められなかった。
年に一度は土産を持って帰郷するが、すっかり冒険生活が板について、誰も貴族の次男坊とは信じてくれない程だった。
今回のユーゴの卒業に合わせて、セオドアも仲間と共にドッサリ土産を抱えて故郷に帰っている筈である。
ユーゴの婚約者の話もしていたので、魔素の濃い場所に出来るというダンジョン産のアクセサリーも手に入れたらしい。
他国の料理に文句を言って、ついでにシャンパンも持ってこさせようとしている王太子と王女を眺めて、ユーゴは頭を抱えた。
「はぁ……セオドア兄様も張り切ってレアアイテム手に入れているみたいだけど、無駄になっちゃったな~。」
あんな事を言われるまで、ユーゴはヴィクトリアを嫌いなわけではなかったのだ。
恋愛感情は無くてもゆっくり家族として進んで行こうと思っていたし、きっと輸入品の中には、異国情緒溢れるヴィクトリアが気に入るものもたくさん有るだろうと思っていた。
気位が高いお姫様が、発展しているとは言え遠く離れた辺境に嫁ぐのは寂しいだろうと思っていたし、こんな国の端まで嫁に来てくれてありがとうと感謝もしていた。
(しかし、ミコトに惚れて勢いで婚約破棄宣言するとは、可能性ゼロだろうにヴィクトリアったらやっちゃったよな~。)
普段からユーゴを実の弟のように可愛がってる上に、ミコトには辺境に本命が居ることはお茶の席で話題に出たことが有った筈。
綺麗サッパリ消去したのか、聞いてなかったのか、それでも自分を選ぶと思ったのか……。
そうこうする内に、控え室の外が騒がしくなり、複数の人の乱れた足音が聞こえてきた。
しばらくして勢いよく開いたドアから現れたのは、顔を真っ赤にして息を切らせた国王陛下だった。
その後ろが宰相と護衛を連れた第二王子で、王太子とは一つ違いの異母兄弟だった。
「何をやっとるんだ、お前達はー!!!」
開口一番、陛下の雷がポンコツ王太子と末っ子姫に、ゲンコツと共に落とされた。
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