第12話 標《しるべ》

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第12話 標《しるべ》

 ユリキュースは自室の前庭にしゃがみこんでいた。片膝を着き片手も地面について。 「戻ったの・・・か?」  テーブルを支えに重い体を持ち上げて椅子に座った。  輝く月が空から静かに見下ろしていた。 (私は・・・月を眺めていた)  ユリキュースは亜結の部屋に出現する前に自分が何をしていたか思い起こす。 (月をみていただけなのに何故? あれは何処だったのか)  子供の頃の事を思い返しながら月を見ていた。何か変わった事はなかったはず。しかし、軽い目眩(めまい)の後、あの場所に居た。 「あの(むすめ)は?」  辺りに目を走らせたが、やはり彼女の姿はなかった。連れて来れなかった事をユリキュースは残念に思う。 (あんなに狭い牢屋へ独りで押し込まれて・・・・・・)  ユリキュースには遠い異世界に住む若者の生活環境など分からない。だから、亜結の部屋を牢屋だと思い違いをした。  思い違いをしたのにはもう1つ理由がある。  ユリキュースは王宮の外へは出ていないと思っていた。結界の張られた王宮から魔法使いに気づかれず外へ出ることは出来ないと知っていたからだった。  豪華な王宮の中であれ程狭い場所は牢屋以外にないだろうと、彼はそう考えていた。 (美しい髪の(むすめ)・・・見たことの無い髪色の異国の者。バルガイン王はどうしようというのだろう・・・・・・)  考えているユリキュースへ声がかかる。 「王子! どこへ行っていたのですか!?」  シュナウトの焦りと怒りの混ざった声がする。 「一人で王宮を探索するのは止めて下さい!」 「私はずっとここにいた」 「いえ、私は確認しました。あなたはここにはいなかった」  ユリキュースはそうかと思う。 (私はここにいなかった。別の場所にいた)  シュナウトの言葉でそう確信し、考え込むユリキュースが黙り込む。その姿はシュナウトを無視しているようだった。 「ここには貴方の命を狙う者や足をすくおうとする者が沢山いるのですよ!?」  命を危険に(さら)すとは・・・そう思うとシュナウトは苛立った。  そんなシュナウトを見て王子が笑った。 「何が可笑しいんですか!」 「・・・なぜ怒る? 私が死ねばそなたは家族の元へ帰れる。嬉しいことじゃないか」 「王子!」  シュナウトが(いさ)める。 「自分の命を軽んじる様な物言いは止めて下さい! 家族の元へ帰れても貴方の死を喜ぶわけがない」  真剣な眼差しにユリキュースが目を伏せる。 「・・・すまない」  苛立ちを静めようとシュナウトが熊のようにうろうろしていた。 「母君(ははぎみ)を探すのはもう止めて下さい。私もずいぶん探しましたが、この王宮には地下牢以外に人が囚われている場所はありませんでした」  シュナウトが嘘をついているとは思いたくない。しかし・・・。 「異国の娘が囚われているのを見た」 「え?」  シュナウトの動きが止まった。 「どういうことです?」 「衛兵はまだ来ない。私が外に出たなら王付きの魔法使いが兵をこちらへ送るだろう。しかし、来ない。・・・と言うことは私は王宮から出ていない」  シュナウトがじっと王子を見つめる。 「私は見た・・・。海の様に深い青い髪の娘を。だから、この王宮の何処かに牢屋はあるはず」 「それは・・・」  信じられないと言うように目を見開いてシュナウトが王子を見つめていた。 「輝く、髪の・・・?」 「そうだ」  呆けた様なシュナウトの表情を王子が不思議そうに見つめ返す。 「どこの国の者か知っているのか?」 「本当に・・・出会うのですね」  シュナウトが呟く。  その言葉をユリキュースは幼い日に聞いた覚えがあった。幼い少女が迷い込んだあの日。  母のように慕っていた召し使いの女性が同じことを言っていた。 「そんな髪の者がいるのなら、それは・・・。(しるべ)です」 「標?」  先程までの怒りや苛立ちなどどこへ行ってしまったのか、シュナウトの声が静かだった。 「青の髪の種族に語り継がれる伝承です。銀の髪を持つ神の子が生まれると、(つい)になる標も生まれる」  ユリキュースは神の子については知っていたが、対になる者の事は初耳だった。 「神の子と標は引き寄せ合い、必ず出会うと聞いています」  話を聞きながら、ユリキュースはあの娘が・・・と亜結の姿を思い出す。 「標が囚われていたのですか?」 「その者がそうならば、囚われていた」 「どこに?」  勢い込むシュナウトにユリキュースが困って目をそらす。 「それは・・・、わからない」 「わからない?」 「そうだ」 「どういうことです? 見たのでしょう?」  ユリキュースは立ち上がって部屋へと入っていく。それをシュナウトが追った。 「見たが・・・、どうやってそこへ行ったかわからない」 「わからない?」  シュナウトが困惑する。 「魔法か何かわからないが、いつの間にか彼女の居る場所に立っていたのだ。どうやって行ったかは私にもわからない」  王子のその答えにシュナウトも唸る。 「でも、本当にいた。粗末なベッドで寝ていた。たった一人で・・・」  思案するシュナウト。  その横でユリキュースはふと母の事を思った。 (母上も私と同じ待遇で囚われていると思っていた・・・疑いもなく。しかし、まさか・・・彼女のように押し込まれているとしたら・・・・・・)  12年の月日を思いユリキュースはゾッとする。暗く狭い粗末な場所に母はいるのだろうかと。 (母上を、あの娘を救いたい)  しかし、どうすればよいのかシュナウトにも答えは見いだせなかった。
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