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第13話 ペンダント
部屋の外から小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
(・・・朝だ)
体を起こした亜結の顔にカーテンの隙間から差し込む光が当たって眩しい。
「んーーーっ!」
両手を上げてぐっと体を伸ばしたまま後ろに倒れ込む。
(起きなきゃ・・・。休みでもダラダラしないって決めたんだから・・・・・・)
少ししてのそりと起き上がり目をしょぼしょぼと部屋を見回す。ほんのりと甘い香りが残っている。そんな気がした。
「ユリキュース・・・・・・、王子は!?」
いきなり覚醒して、そして現実にもどる。いるはずがない。
「夢・・・だよね・・・・・・」
1日でときめきと不思議が混在してドラマの主人公が出てくる夢を見たに違いない。
ユリキュース王子に抱きすくめられた感覚と、体にかかる彼の重みが妙にリアルに思い出された。
「夢に別の男の人が出てくるのは浮気に入るのかなぁ・・・?」
そんな事をぼんやり考えていた。
秋守の触れた左頬とユリキュースの触れた右頬に手を当てる。
秋守にときめきユリキュースに切なさを感じてる自分に気付いて、亜結は少し後ろめたい気がした。
「私・・・・・・」
重なった秋守の唇の感触を思いだし、優しく唇に触れたユリキュースを思い出す。
真っ直ぐ見つめる瞳と整った二人の顔が交互に浮かんだ。
「やだっ、私ったら・・・。欲求不満!? 恥ずかしいッ!」
亜結はしばし枕を抱いてじたばたと転げていた。
寝起きの初っぱなから思い出すのがこれか・・・と、嬉しくも恥ずかしい一日のスタート。
(低血圧のアンニュイな大人の女性はこうじゃないんだろうなぁ・・・)
そう思いながらにやける顔を止められない。
「顔、洗ってこ」
昨夜、秋守の口から「付き合おう」と言うような言葉はなかった。
(交際が始まったって・・・思っていいよね・・・)
秋守の語った亜結との出会いの話を思い起こす。
(私、秋守先輩の目に止まってた。私より先に先輩が私を見つけてくれてた)
単純に嬉しくて噛み締める。
住む場所が近く、偶然出会っていた。同じ大学に通い広いキャンパスで大勢の人の中にいながら出会った。
運命のように思える偶然に幸せを感じる。
しかし、でも・・・と引っ掛かる。
(秋守先輩は私の姿に目を止めた)
本屋で立ち読みをしている亜結を店の外から見て目を止めたと言っていた。
亜結は嫌な記憶がよぎって眉間にシワを寄せる。
あれは高校一年の時だ。
他のクラスの男子から告白されて、返事を保留している時に彼らの会話を耳にした。
「乙葉ってハーフの女子だろ?」
「返事は?」
「保留中」
男子の恋愛トーク。気まずくて教室の前を通れず立ち止まった。
「ハーフでも保留すんの?」
「ばっさり切るかハグしてチューだと思った」
友達に抱きついてキスをする真似をして笑いあっていた。
「外人ってさ付き合ったらすぐさせてくれるのかなぁ」
どきりとした。砂を噛むような嫌な気配を感じる。
「キスもエッチも初デートでゲット出来んじゃね?」
「ああ、そうだといいな」
告白してきた彼が話に乗っかった。
「そう思って告白したんだ」
胸をざっくりと切られた気がした。
亜結の母方の祖父母は共に外国人だ。生まれも育ちも日本の母も見た目は外国人。
母の特長である焦げ茶色の髪も、日本人の父の血が入って亜結の髪はほとんど黒に近い。それでも、猫ッ毛で光が当たると茶色く見える。色白の肌も日本人のそれとは少し違う。
金髪のハーフほど目立ちはしなくてもやはり目を引いた。金髪の外国人らしい娘より声をかけやすかったのかもしれない。
そこまで考えて打ち消す。
「ううん、違う。秋守先輩は違う!」
強く否定した。
『何を読んでいたのか、その人がどんな人なのか気になって忘れられなかった』
あの真っ直ぐな瞳。
そう、容姿ではなく亜結自身を好きになってくれたんだ。そう思う。
ふいにスマホの着メロが流れてびくりと跳ねた。
母方の祖母からだった。
「亜結、起きてた?」
「うん、起きてたよ。おはよう、お祖母ちゃん」
「おはよう」
優しい祖母の声、祖父と同じ様に外国のニュアンスが混じる声。
「テレビ、届いた?」
「あっ、ごめんね。昨日届いたんだけど、どたばたしてて電話しそこねてた」
祖母は「そう、楽しそうね」と言って小さく笑った。
「・・・なにも、変わった事はない?」
祖母の声に微かにためらう気配がしている。
「変なことって?」
「・・・いいの、変わった事がないなら。女の子の独り暮らしは危ないから気を付けてね」
何となく話をはぐらかされてるように思えた。
「うん・・・わかってる」
「ペンダント、お祖父ちゃんからもらったでしょ」
「うん」
「大切にしてね」
「わかってるよぉ」
おもちゃを出しっぱなしにしている子供に言うような、祖母の言葉に苦笑いする。
「ちゃんとしまっておくのよ。入ってた箱に戻してね」
祖母に「うん」と返事をしながら亜結は胸に手を当てる。
(そう言えば、ペンダントどうしたっけ?)
昨夜、お風呂に入る前に取ったはずだ。
「使わない時には箱に入れておきなさい」
「うん」
そうだ、ジュエリーケースの上に置いたままだった・・・と思い出す。
「ねぇ、お祖母ちゃん」
「なぁに?」
「お祖父ちゃんってドラマ見る人だった?」
「ドラマ? テレビを見るより機械をいじる方が好きな人だったから、見てないと思うけど・・・。どうしたの?」
机の引き出しからペンダントの箱を取り出しながら亜結が続けて話す。
「銀色の髪の主人公が出てくるドラマ、予約してあったみたいだから少し気になって」
電話の向こうから音が消えた。
「お祖母ちゃん?」
急に黙り込んだ祖母に不安を感じる。
「お祖母ちゃん、どうかした?」
そっと尋ねる。
「・・・・・・あ。そう、そうね。見てたかもしれないわね。お祖母ちゃん最近忘れっぽくて」
そう言って祖母は笑った。それは間を埋めるような笑いだった。
その後は軽く当たり障りの無い会話をして話を終えた。
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