第15話 それぞれに動き出す心

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第15話 それぞれに動き出す心

 春うららかな昼下がりに路上でキス。そんな未来がやってくるとは亜結は思いもしなかった。  秋守の唇がそっと動いて亜結の唇に吸い付く。亜結の手を離れた秋守の左手が彼女の首の後ろへと回った。  彼の口の動きに合わせて亜結の唇がわずかに開く。 (どうしよう!? こんな所でディープキス!?)  恥ずかしいと思いながら空いた右手が彼の服を握りしめていた。  きゅるるる・・・ (・・・はっ!)  亜結のお腹が鳴った。その音はけっこう大きかった。 (何でこんな時に!)  それは秋守の耳にも届いていて、 「ぷっ!」  と、秋守が吹き出した。  吹き出した彼の息で亜結の頬がぷっくりふくれて、さらに秋守の笑いを誘ってしまった。 「あっはっは」 「わっ、笑わないで下さい!」  恥ずかしさで真っ赤になった顔で亜結が怒ってみせる。 「ごめん、ごめん」  秋守は腹を抱えて苦しそうに笑っている。 「でも・・・怒った顔の乙葉さんも可愛くて好きだよ」 (好きって・・・)  秋守の口から出た初の言葉に、亜結は赤い顔で口を膨らませる。 「もう!」 (いじわる!)  ガードレールに腰を下ろした秋守の首に亜結は抱きついた。 「首しめちゃうぞ!」  恥ずかしくて顔を見せたくない、でも甘えたかった。 (恋人だったらいいよね)  抱きつく亜結に秋守がまた笑う。 「絞め殺されたらかなわないな、乙葉さんとはまだ色々したいことがあるのに」  そう言って秋守が腰に手を回すから、冷めかけた亜結の顔がまた赤くなる。 「・・・心臓がどきどきし過ぎて爆死しそう」  亜結は抱きついたまま遠くに目を向けて、小声でそう言った。 「死なれちゃ困るよ」  耳元で聞こえる少しグズった様な亜結の声が愛しくて、秋守はきゅっと亜結を抱き締める。 (チラシをもらった後からなかなかあえなかったのに・・・・・・) 「急展開が過ぎます」  秋守がそっと亜結の後頭部を撫でた。 「なかなか会えなくて・・・・・・。黒川が狙ってるかと思ったら焦った、ごめん」  驚いて身を離そうとした亜結を秋守が引き寄せる。 「今、恥ずかしいから顔見せたくない」  今度は亜結が笑った。 「秋守先輩の恥ずかしがってる顔見てみたい」 「だーめ」 「見せて見せて」  亜結が体を話してみると秋守が変顔をしていて笑ってしまった。それを見て秋守も笑う。 (ユリキュース王子はこんな風にお腹を抱えて笑うことあるのかな?)  秋守の満面の笑顔を見ながらそんな事を思う。 (声をたてて笑う王子をみてみたいな)  ドラマだと思っている亜結は話の続きがちらりと気になった。   ◇ ◇ ◇ ◇ 「王子!」  シュナウトは王子の自室のドアを後ろ手に閉めながら言った。その声は怒っているようだった。 「どうしてあんな申し出を受け入れるのですか!?」  前室を抜けて奥の部屋へ向かう王子の追ってシュナウトが続く。 「あの王子達が狩りに誘うなんて、企みがあるに決まっているではありませんか」  窓辺まで行ったユリキュースは背を向けたまま庭を見つめている。 「母上の居所のヒントを教えても良いと言った」  シュナウトが呆れた顔をする。 「そんな事・・・! 嘘に決まっています。知っていたとしても本当の事を話すとは思えません」 「そうだな」  あっさりと同意する王子をシュナウトがポカンと見つめた。 「長年探していた家族の消息、知りたくはないか? 嘘かもしれないが本当かもしれない。そなたならどうする」  シュナウトがしばし黙った。そして唸るように言う。 「・・・最善を尽くして・・・」 「では、最善を尽くして事にあたろう」  困り顔のシュナウトの後ろから召し使いの娘がおずおずと声をかけた。 「あの・・・お飲み物などはいかがですか?」 「心の静まる物を頼む」  王子の言葉を聞いて娘はすぐにさがった。  黙ったまま向かい合って座るふたりの元に召し使いの娘が戻ってきて給仕をする。 「ん? どうした?」  給仕を終えても側に立っている娘にシュナウトが声をかけた。 「恐れながら、王子様に申し上げます」  彼女がおずおずと口を開き、王子の目がこちらを向くと一歩後ずさった。 「国を失い民を失っても・・・」  シュナウトが立ち上がりかけるのを見て王子が止める。彼女はさらに3歩後ずさる。 「・・・青の種族にとって王子様は神の子であり、この地に住む我々を救って下さる光です」  彼女の声は消え入りそうだった。 「すでに幾つかの国が・・・王によって滅びました。お命を大切になさって下さい」  青い髪の娘の向こうで、壁を背に立つ他の召し使いもじっとこちらを見ていた。  皆青い髪の物で、一様に心配そうな面持ちをしている。 「私は・・・王子様の民ではありません。ですが、あなた様を失えば皆が絶望します」  ユリキュースは少し下げた目線を壁に向けてじっとみつめている。少しして口を開いた。 「心配ない、私は王の籠の鳥だ」  そう言って王子が微笑む。 「彼らとて殺しまではしないだろう。それに、シュナウトがついている」  王子にチラリと目線を向けられて、シュナウトが困り顔で笑む。 「私は攻撃魔法は得意ですが癒し系の魔法は不得意です。深手を負われては困ります」  ユリキュースは頷いて「わかった」と言った。 「私は母上だけではなく、あの娘も助けたい・・・。あの真っ直ぐな瞳と一緒に私も外の世界を見てみたいのだ」  長い月日を囚われて過ごしてきた。その日々を思う。
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