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第16話 王子、2度目の出現
夜のぽっぽ書房の前でキスをして、穏やかな昼下がりにキスをして・・・。あれから数日経っても亜結は夢心地な日々を送っていた。
(順調? 順調)
怖いくらいに順調。
LINEで呟きあってランチデートしてスイーツ巡り。楽しいお喋りと秋守の笑顔。
手を繋いでいるだけで嬉しくて、手を繋ぐことが当たり前になる日が来るなんて今の亜結には想像できない。
(3回目のキスはいつかな?)
そんな事を考えてひとりで頬を赤らめる。
ソファーに横になってスマホの中の自分と秋守の姿を愛でる。その顔がにやけてしまうのは毎度このとだった。
「そろそろお家デートもあるかな?」
ふと起き上がって部屋を見回す。それほど散らかってはいないけれど・・・。
「女子らしさには欠けるかも」
ハニーブラウンを基調とした家具とクリーム色の壁、明るく柔らかで落ち着いた色調はいい。でも、女性の部屋にしては色味が少ない。
そして、ブラウン管テレビ。
(少し、レトロ過ぎるかな?)
あれから何も手を付けず置いたままになっている。祖父が直したテレビを壊してしまうには抵抗感があった。
「そう言えば、あれ以来テレビつかないな」
ここ数日、テレビは静かなままだ。
(あの赤毛の王子達の悪巧み、どうなったんだろう。ユリキュース王子大丈夫っだったかな?)
番組予約しているにしては不規則に点いたり消えたりする事が少し妙な感じがしていた。
「ま、いいけど」
今の亜結にとってユリキュース王子はテレビの向こうの人で、夢の中に現れた空想の産物の様なものだった。
「明日は何着ていこうかなぁ」
亜結はそれほど気にも止めず今に心を向ける。
クローゼットの中の服は相変わらずで、着回した服を眺めて肩を落とした。
(毎日のように先輩に会えるのは嬉しいけど、同じ服ばかりじゃちょっとな)
組み合わせのパターンももう尽きた。そろそろ新しい服が欲しい。
「次のデート、先輩とショップ巡りもいいなぁ」
2着の服を秋守に見せて「どっちが似合う?」などとベタな想像をするだけで顔が緩んでしかたない。
「あぁ・・・そうだ」
引き出しにしまっておいたペンダントの箱を取り出す。
「また着けて出掛けようかな」
これを身に付けていると良いことがある、そんな気がする。
秋守と出会えたあの日も身に付けていたし、ペンダントを着けて出掛けた歓迎会の日は楽しくて素敵だった。
ペンダントを手に取って幸せな記憶を思い返す。楽しい会話と夜の道、秋守の顔と唇。
「翌日も先輩と出会えたし・・・」
そう言ってくすりと笑った。
握ったペンダントを胸に当てて目を閉じる。
秋守との甘いひとときが思い出される。吹き出した秋守の息と耳元で聞こえる彼の声、それに連なって首にかかる吐息を思い出す。
それは秋守ではなく、王子の吐息。亜結ははっとして目を開けた。
秋守の顔がかすみ王子の美しい顔が浮かんだ。
体に覆い被さり亜結を押さえ込んだあの時に、首にかかった王子の息。
(私ったら・・・!)
彼氏を思いながら別の人が脳裏をよぎるとは。顔を赤くしながら少しの罪悪感に顔を覆った。
ザーザー
突然耳に入った音にどきりとする。
雨に似たこの音は・・・・・・。
亜結はさっと振り替えってテレビを凝視した。テレビから聞こえている。
ゆっくり近づいて確かめる。テレビの前に立ち光る画面を見つめた。ざらざらとした画面のまま映像は写らない。
さらに、一歩近づいたその時。
「きゃあっ! 手がッ!!」
血の滴る手首が画面から飛び出して亜結は猫のように飛び上がった。壁に背をつけて、これ以上さがれないその場所に張り付いて凝視する。
みるみるうちに腕が現れ銀色の頭が出てきた。
「・・・・・・うそっ」
テレビから人が出てくるなんて、そんな事があるはずがない。しかし、目の前でそのあり得ないことが起きている。
ずるりと人が転がり出て唖然と見つめた。
(夢? 白昼夢? うそ、本当?)
うつ伏せだった男がごろりと仰向けになる。銀色の髪、美しい容姿、まぎれもなくユリキュース王子だ。
亜結は口を押さえてただ見つめた。
「ううっ・・・・・・」
王子の左腕が右の二の腕に回る。
ぱっくりと裂けた服は赤く染まり、右腕には生々しい傷が痛ましく見えていた。
(テレビから人が出てくるなんて嘘でしょ? 現実・・・? 本当に?)
痛みに眉間にシワを寄せる王子を見下ろしながら、亜結は現実を受け入れられず彼を見ていた。
ふと、赤毛の王子達の言葉が頭をよぎる。
(まさか・・・狩りに行ったの?)
ユリキュースは何故、赤毛の王子達の企みにまんまと乗ってしまったのか・・・。乗らざるおえなかったのか?
亜結はそろそろと近づいて立体的なユリキュースを観察した。本当に生身の人間に見える。
ふいに彼と目があった。
「・・・・・・そなたは」
うっすらと目を開いた王子が亜結に気付いてそう言った。
亜結は王子の左側にそっと膝を着いて様子をうかがう。
「怪我を・・・したんですね」
「・・・・・・これくらいは大したことは無い。しかし、なぜ私はここに?」
その答えは亜結にもわからない。
「森の中にいたのに・・・突然、どういうことだ?」
痛みをこらえながらユリキュースは頭を巡らせる。
「そなたは魔法を使えるのか?」
「いいえ」
ユリキュースの問いに答えながら彼の服の端に触れてみる。光沢のある絹のような柔らかな感触が伝わり、しっかりと触れる事が出来た。
(ちゃんと会話もするし・・・。信じられないけど、本当にユリキュース王子なんだ・・・・・・)
テレビから人が出てくるという有り得ない事をなんとか飲み込んでみる。
王子の左側にいる亜結は、彼の右腕の傷を確認しようとゆっくり身を乗り出した。傷口は彼の手で見えないけれど血がけっこう出ているのはわかった。
(包帯はないけど・・・タオルで縛るだけでも少しはいいのかな)
タオルを取りに行こうと亜結が腰を浮かせた途端、
「待て!」
王子に腕をとられた。
そのまま彼に引かれた亜結はバランスを崩して王子の胸へ転がり込んだ。
「うっ・・・!」
もろに倒れ込んだ亜結の体重を受けて、王子が小さく声を漏らす。
「ごめんなさいッ」
焦って身を起こそうとする亜結の二の腕を取って、王子が再び引き寄せた。
ユリキュース王子の顔がもう目と鼻の先にあって、亜結はとっさに顔を背ける。
「・・・行くな。ーーー私の側に居よ」
その言葉が亜結の耳に切なく響いて彼に目を向ける。
心を読まれまいと隠す瞳の奥に切なさを感じた。
「でも、傷口を」
「もう少し、このままで・・・」
王子の口から「側に居て欲しい」と言う台詞は出てこなかった。
今までずっと他人に弱みを見せずにきたのかもしれない。自分の動向を敵に知られないための防御本能だとも考えられた。
でも・・・。
その瞳は人の温もりを欲していると、微かに伝えているように思えた。
平気そうな顔をしている王子の額にうっすら汗が浮かんでいる。
辛い時や熱を出した時に側にいてくれる人はいただろうか・・・とつい考えてしまう。
子供の頃から王宮に囚われていた王子。母に一番側に居て欲しい時期に離ればなれになってしまった彼。
平気そうに真っ直ぐ前を見つめている彼の側に今は寄り添っていたい、亜結はそう思った。
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