第17話 癒しの口づけ

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第17話 癒しの口づけ

 亜結から目をそらしたユリキュースが目を閉じた。彼は亜結の二の腕を掴んだままだ。 (側に居ろと言われても・・・)  彼の胸の上に半分乗っかった今の状態が気にかかる。 (重くないかな・・・)  亜結は目を伏せた。その目に自分の手が写る。  ユリキュースに手を引かれた時に、身を守るように胸元へ持ってきた手。その手首に血がついていた。彼が掴む二の腕も同じく赤く染まっている。 (血の臭い・・・)  臭いのある夢を今まで見たことはなかった。現実なのだろう・・・とそう思う。 「すまない」 「え?」  王子の声に顔を上げて目が合った亜結はまた顔をそむけた。 「血で汚してしまった」  亜結は黙ったまま首を振った。 「狩りに・・・出掛けたんですか?」 「何故それを? 牢の中に居てどこから情報を得たのだ?」  面食らった亜結が顔を王子に向ける。 「牢・・・屋?」  目をしばたたく亜結を王子がみつめる。 「監守の話を耳にしたのか?」  王子の思い違いに亜結はくすりと笑った。 「王子様、それは誤解です。ここは牢屋ではありません。私の部屋です」  にっこり笑う亜結を見て今度はユリキュースが目をしばたたいた。 「ここが?」  頷く亜結を見て、王子は改めて部屋を見回した。 「こんな狭い所が部屋だとは・・・」  そこまで言って王子が口を閉じた。亜結がむっとした顔で見つめていたからだ。 「狭くて悪うございました。そりゃ王子様の部屋とは比べ物にならないくらい狭いでしょうよ」 「あ・・・。いや、その」  しまったと言う顔の王子に亜結は続けた。 「きっと、王子様のお部屋にあるウォークインクローゼットの方が広いんでしょうね」  少し口を尖らせた亜結が愚痴るように言った。 「・・・かもしれない」 「否定しないんだ」  王子から顔をそむけた亜結は彼の胸に頭を置いた。 (重くて苦しくても、もう知らない)  そう思いながら、実のところこうしていることが心地よかった。 (変なの・・・どきどきしない。なんだかほっとする)  亜結の腕から手を離したユリキュースが、その手で彼女の頭を撫でる。血はもう乾いていた。 「味方、少ないんでしょ?」 「ああ」 「無謀な人ですね。こんな怪我までして」  王子からの返答はなかった。  黙り込むユリキュースを不思議に思って亜結が顔をあげる。 「策を練らなかった訳ではない」  少し機嫌を損ねた様子の王子に亜結もそっぽを向く。 「でも、怪我してる」  少し王子を責める口調の亜結にユリキュースがくすくすと笑った。 「何が可笑しいんですかっ」 「シュナウトみたいな事を言う」 「そう言えば、シュナウトさんは?」  亜結がパッと顔をあげた。 「王子、ひとりで狩りに参加したんですか!? ダメじゃないですか!」  とがめる亜結を見て王子が声をたてて笑った。 (あっ、笑った)  実に楽しそうな顔で王子が笑っている。初めて見る彼の屈託ない笑顔に亜結はほっこりした気分になっていた。 「心配してくれる人がいるとは有難い」  彼の満面の笑顔に亜結も笑顔になる。  種族も利害も関係なく素直に心配してくれる人。そんな人に出会うのはどれくらいぶりだろうかと、ユリキュースは思い返していた。 「そなたは不思議な人だ。なぜ彼を知っている? どこで私の名を? ここは何処だ? 王宮の中か?」  矢継ぎ早の質問に亜結は困った。  亜結本人もまだ半信半疑だというのに、どこからどう説明すればいいのか。 「ここは・・・あなたの世界とはまったく違う所なんです」 「ここは外国なのか?」  外国と言えば外国ではあるが。 「私も信じられないんですけど・・・。あなたは別の世界の人なの、異国じゃなくて異世界・・・たぶん」  王子が息をつく。 「突拍子もないことを・・・」 「本当よ・・・あそこから出てきたの」  そう言って亜結はテレビを指し示す。四角い箱を目にして何を思ったのか王子は黙っていた。 「その髪染めてないでしょ? この世界に地毛が青い髪の人はいないの」  真面目な顔を向ける亜結の頭をユリキュースが右手で撫でる。 「でも、そなたの髪は海の色だ」 「あなたの目にはそう見えるの?」  不思議だ。亜結は彼らの言葉がわかり、王子には彼女の髪が青く見えている。  ふと、王子の腕に目を止めた亜結が、 「傷が・・・」  と、呟くように言った。  彼の二の腕にある傷が治りかけていた。 「凄い力ですね」 「いや・・・、これは私の力ではない」  王子が怪訝そうに傷口を見つめながら言う。  亜結は傷口にそっと手を伸ばした。 「あっ!」  彼女が触れたとたん跡形もなく傷口が消えて、驚いた亜結は小さく声をたてて指を離した。 「嘘みたい」  驚いた亜結の体がゆるりと傾いで、ユリキュースの胸にぱたりと倒れ込んだ。 「どうしたのだ?」  王子の声は聞こえている。しかし、体が重く口も上手に開かなかった。一気に身体中の力が抜けてしまったような感覚だ。 (なに? 私、どうしたの?)  ユリキュースは亜結に腕を回して体を傾け、彼女をゆっくりと横たえた。 「そなたは、この力を使うのは初めてか?」  重い瞼をなんとか開けて亜結は彼を見上げていた。何も答えられず、じっとユリキュースに目を向ける。 「疲れたのだな、私も初めて小鳥を生き返らせた時に倒れた。使ううちに力の配分がわかってくる」  そう言いながらユリキュースは亜結の頬にかかる髪を直す。 (力を使うってそういうものなのかな・・・)  亜結は(あらが)うことを止めて目を閉じる。彼に腕枕をされたままユリキュースの話を聞いていた。 (不思議・・・)  王子が亜結の頬を包む様に手で触れると、じんわりと温かい力が体に滲みてくる感じがした。 (すごく・・・心地良い)  冷えた体に温かい飲物を流し込むように、身体中をふわりとした幸福感が包む。亜結はその感覚に浸った。 (あぁ・・・なんて心地良いんだろう)  これが王子の癒しの力か・・・と、体を巡るエネルギーに身を委ねる。  ユリキュースは自分の腕の中で穏やかに微笑む亜結を眺めていた。目を閉じたまま幸せそうにしている彼女を愛しいと感じた。  何の策略もなく無垢な心のまま腕の中に収まっている亜結。その髪を撫でる。 (あぁ、ユリキュースの手が触れるたびにエネルギーが染み込んでくる) (ありがとう) 「ユリキュース・・・」  ふいに唇が動いた。  ユリキュースは亜結の声に惹き付けられてそっと彼女へ顔を寄せる。亜結を包む甘く爽やかな香りが濃厚になっていった。 (・・・ん?)  亜結の唇に何かが触れた。  やわらかく温かい感触に目を開ける。 (え? これって)  薄目を開けると目の前に彼の顔があった。 (私、キスされてる・・・?)  優しくリードする秋守のキスとは違う、そっと唇を重ね触れるだけのおぼつかない口付け。  それなのに、心の奥がじわりと熱くなった。情熱に似た熱い感情が、水かさが増すように体を包み込んでいく。 (ユリキュース・・・)  亜結は気づかぬうちに彼のキスに応じていた。彼女の唇を追ってユリキュースの唇が動く。  感情が(せき)を切りそうだった。  ユリキュースの右手が亜結の左手に重ねられて恋人繋ぎになる。その時になって秋守の顔が浮かんだ。  手を繋いで歩いた道、秋守のくれたキス。 (だめっ!)  思いが感情を押さえ込む。  とっさにユリキュースの胸に手を当てた。亜結は自分の無意識に近い行動に驚きうろたえていた。  胸に当てられた亜結の手に気づき、ユリキュースが彼女に笑顔を見せる。離れた唇が小さく音をたてて亜結の心が乱れた。 「もう大丈夫?」  亜結を見る彼の瞳にかすかな恥ずかしさと熱を感じる。 「は、はい。もう大丈夫・・・みたい」  亜結はすぐさま起き上がり、彼から離れた。 (どうしよう・・・気があるって思わせちゃったかな・・・・・・)  まだ心の内が熱くて、穏やかに熱く見つめる王子の目から逃げたかった。 (これが王子の癒し方なんだ、きっと・・・そう。エネルギーが溢れすぎちゃって変に感情がほとばしっちゃうだけよ)  必死で納得する。そして、自分の感情をすり替えようとした。  何事もないように装う亜結の頬が火照っている。それが愛らしくてユリキュースは彼女を見つめていた。 「人を癒す時は・・・いつもこうするんですか?」  亜結が恥ずかしさをこらえて聞いてみると、王子が目をそらした。 「あぁ、いや。口付けの方が力を与えやすいのだが、普段は口に直接は・・・しない」  額や手の甲など、どこでも構わなかった。ただ、 「そなたが愛らしくて・・・つい・・・」  亜結から目を離した王子の頬がわずかに赤く染まる。そして、亜結も顔を赤くして目を泳がせた。
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