第4話 雨音

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第4話 雨音

 夏休みに母の実家へ遊びに行くと、亜結はよく祖父の趣味部屋に入り込んでいた。  そこにいると何故だか落ち着いたのだ。 『お祖父ちゃんが死んだら、あのペンダントを亜結にあげようと思うんだが。もらってくれるかな?』  機械をいじりながら何気ない独り言の様に祖父は言った。あれは一昨年の夏休みの事だ。  亜結が子供の頃に欲しがった祖父のペンダント。  穏やかな祖父の声に引かれるように亜結は立ち上がって、机の引き出しにしまっておいた小箱を取り出した。  引っ越しの時に忘れず持ってきていた。  指輪のケースよりは大きい箱をそっと手に包む。そして、中の物が逃げるとでもいうようにゆっくりと蓋を開けた。  箱の中に敷かれたビロードの布の上に、静かに収まったペンダントが光る。  透明な石の中に図形が浮かぶペンダント。魔方陣の様な不思議な図形が子供心をくすぐった。  幼い頃に欲しいとせがんだ事を祖父が覚えていてくれたことが嬉しかった。だから祖父の申し出が嬉しくて飛び付いた。  しかし・・・。 「早すぎるよ、お祖父ちゃん」  祖父を見送って1年。  普段は忘れていても祖父にまつわる事に触れると思い出して泣けてくる。 (テレビもらったのは不味かったかなぁ・・・)  そんな事を考えながらペンダントを撫でる。 「ん? 雨?」  ザーザーと聞こえる水音に、亜結は小箱を置いて慌ててベランダへ走り出た。 「あれ?」  洗濯物を取り込もうと服に手をかけて気づく。雨は降っていない。 「おかしいな。雨の音、確かに聞こえたんだけど」  怪訝(けげん)な表情のまま服を取り込む。 「まぁ・・・・・・いいか。そろそろ出掛ける準備しなくちゃ」  サークルの歓迎会、今日一番の大事なイベントだ。  メンバー全員との初の顔合わせ。初めて大学で講義を受けた時とはまた違った緊張感があった。  2回目の大学スタート、そんな気がする。  カラスの行水よろしくさっさとお風呂から上がって支度を始めた。 「さてと、何を着たらいいかなぁ」  最初の印象は大切だ。派手すぎず地味すぎず。ちょうど良いのはどの服だろう。そんな事を考えながら服を選ぶ。  可愛くするにしても子供っぽくてはいけない。  色々と迷った末にワンピース2着で亜結は考え込んだ。 (小花を散らした春らしいワンピと、桜色の格子のワンピ)  同じサークルに入った幼馴染みの栗原(くりはら)姫花(ひめか)に写メを送る。すぐにスマホが鳴った。 「桜色の格子柄!」 「小花は可愛すぎる」  ラインにふたつ並んだ単文を見て亜結はうなずいた。  薄い桜色の地に緑と黄緑のラインが交差するワンピースに袖を通す。髪も今日は手を加えよう。  普段はあまり髪をいじらないけれど、今日は丁寧に編み込みなどしてみる。アクセントに小さな桜の付いたピンを差して出来上がり。 (どうかな?)  姿見の中の自分を見つめる。 (気に入ってもらえるといいな)  そんな事を思った途端、秋守の笑顔が浮かんだ。 (秋守先輩・・・・・・)  今、目の前に先輩がいるわけでもないのに。顔を思い出すだけで胸がときめく。 (やだな、もう。恥ずかしい)  鏡に写る自分が少女のように頬を染めている。そんな自分を見て恥ずかしさが増した。 (先輩の前でもこんなんじゃ、バレバレだよ)  明るくにぎやかなサークル勧誘の人々の中で、秋守の穏やかな声と静かな気配は陽だまりの様に感じられた。 「いかん、いかん。あちらは私をサークルに誘っただけ。私はただの後輩。あんな好青年に彼女がいないわけないでしょ」  気にするなと自分に言い聞かせるそばから彼の顔がまた浮かぶ。 (あの笑顔は罪だぁーー!)  ひとりでジタバタと悶えて、そして亜結は自分の頬に手を当てた。秋守の手がかすかに触れた左頬に。 (先輩も私のこと好きだったらいいのになぁ・・・・・・)  出来れば、大学では薔薇色の恋をしてみたい。片想いの経験値はもう増やしたくなかった。 「読書サークルかぁ・・・・・・」  秋守に誘われたというだけではなく、大学生活をのんびり楽しむには良さそうなサークルだと思った。それも事実。  元々、本を読むのは割りと好きな方だった。 『お互いに本の紹介をしたり、その月のテーマになっている本の感想を話し合ったりする』  サークルの活動を説明する彼の楽しげな表情に更に惹き付けられた。  まっすぐこちらを見て話しているのに押し付けがましくない。そんな秋守の話し方がソフトで感じがよかった。 『図書館で読み聞かせのボランティアとか。聞いてる子供達の表情がとてもよくて楽しいよ』  何故かそこら辺の記憶はある。少し落ち着いてきた頃だったのかもしれない。  子供が好きなそうなところも好感が持てた。そこまで思い返して、亜結は首を振った。 「今日は歓迎会、下心は無しでいこう。人の和を広げるために、大学を楽しむための第一歩」  握った拳を振り上げて宣言してみる。 「そうだ」  ふと思い立って祖父からもらったペンダントを身に付けた。ちょっとした御守りがわり。 (お祖父ちゃん、見守っててね)  服の上からそっと手を当てる。 「・・・ん?」  雨音が聞こえる。  玄関のドアを開けて外を見てみたが晴れていた。 「おかしいなぁ・・・・・・」  雨音はまだしている。  いや・・・、雨の様なその音は部屋の中からしていた。ドアを閉めてそっと部屋の中に目を向ける。 「雨の音じゃ・・・ない?」  よくよく耳を澄ませてみると、その音は水音ではないとわかった。 「どこから?」  ザーザーとかすかに聞こえる音源を探す。 「うそっ!」  亜結は口を押さえて見つめた。音を発する根元に驚き息を飲む。 (テレビが・・・点いてる!)  斜め横から見えるブラウン管テレビの画面が光を放っていた。
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