第6話 青と赤の王子

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第6話 青と赤の王子

『ただ、王子の事をほとんど知らないな・・・と思って。あなたに仕えて今年で10年になります。ご存じですか?』  そう言った青年の心の声が聞こえてくる。 (こいつのせいで家族から引き離された、と恨んだこともあったが・・・・・・)  王子を見つめる彼の瞳には恨みも怒りもなかった。  身の上を受け入れ腰を据えたのだろうと、彼の表情から察することができた。 『10年か・・・、私は10才だった。そなたは12才か?』  王子の瞳に影がさす。 『すまない』 『え?』  床に目を落とす王子に青年がはっとする。謝罪の言葉を聞くとは思ってもいなかったようだった。  青年の顔に慈しみの情が浮かぶのを亜結は見ていた。 (王子がこの国の王に囚われたのは8才の頃。家族に会えないどころか敵国の王宮で1人だった)  青年の心の声に同情する思いが含まれていた。亜結の気持ちも寄り添う。 (優雅に暮らしているように見えて実は幽閉されてる。いつ殺されるかもわからない敵国に8才の子供が1人でいるなんて、心細かっただろうな)  同病相憐れむ、青年にそんな気持ちが生まれるのは想像できた。  そして、亜結はちらりと祖父の事を思う。 (会いたい家族に会えない・・・。そういう所に共感したのかな、お祖父ちゃん)  母方の祖父母がヨーロッパのどの国の出身か亜結は知らなかった。 『召し使いは2・3年で入れ換えられる。昔から側にいるのはそなたくらいだな』  ものうげな王子の顔が切なさを帯びる。 (バルガイン王は私が誰かと情を交わす事を喜ばない)  表情を押し隠そうとする王子の顔にわずかに淋しさが浮かんでいた。 (王子は20才か、私の2つ上ね)  20才の若者にしては王子に覇気は感じられなかった。ただ、心を閉ざした気配が気にかかる。 (まだ出てこないけど、バルガイン王って悪役決定ね)  亜結は青年が王子を恨んで喧嘩をしただろうかとも考えてみた。多分、表だった喧嘩などしたことはないのだろうと亜結は思う。 「磁石みたい」  近寄りたそうなのにお互い牽制しあっているそんな感じがする。  彼らの進む廊下の先に美しい庭の風景が見えてきて、亜結は思わず声をあげた。 「うわぁ、綺麗な庭」  庭に面した回廊を王子と青年が進む。  右手に白い壁、左手に美しい庭を見渡しながら王子達が歩いていた。 『おやおや。父上お気に入りの籠の鳥、ユリキュース王子じゃありませんか』  (あざけ)るような声がかかる。 「誰? この嫌な声」  見いっていた亜結が呟く。 『ガルディン王子だ。厄介な』  銀髪の王子ユリキュースの後ろで青髪の青年が小声で言った。 (ガルディン王子、名前も悪役っぽい)  小説もドラマも好きな亜結は、この物語に少しずつ気持ちが入ってきていた。  回廊の途中に張り出した休憩所に、ガルディン王子と同じ身分と思われるもう1人の人物が席を共にしていた。  ふたりは共に赤黒い髪で顔の特徴が似ていた。 「兄弟なのかな?」  亜結が感想を漏らす。  白い柱に腰丈の壁の休憩所。  庭の景色を楽しみながら軽くティータイムが出来るそんな場所から、ガルディン王子が意地悪そうにこちらを見ている。  数名の召し使いを立たせ従者のような男をそれぞれの背後に立たせて、見るからに暇をもて余していそうだった。 (凄く嫌な感じ)  そう、何かを企んでいる。  誰が見ても分かるだろう、意地悪ないたずらをしたがっている嫌な笑顔をしていた。  ユリキュース王子は黙ったまま、彼らの横を過ぎる時に軽く会釈をして立ち去ろうとした。  その時、  カチャン!  後方から金属音が響いた。軽い何かが床に落ちる音だ。 『これはしまった』  ガルディン王子の芝居がかった下手な声がする。 『スプーンを落としてしまった。ユリキュース王子、取ってくれないか?』  金属音を気に止めず歩き去ろうとしていたユリキュース王子は、名を呼ばれて立ち止まる。  ガルディン王子の表情や物言いは典型的ないじめっ子のそれだった。  ユリキュース王子の後ろに付き従う青年が口を真一文字に振り返る。 『私が・・・』  青年はユリキュース王子に聞こえるくらいの声でそう言って、一歩戻ろうとした。 『魔法使いは近寄るな!』  ガルディン王子が青年を制す。 『お前は剣の腕もたつそうだからな、私は王子に言ったんだ。ーーー王子、取ってくれないかなぁ』  じっと立ち尽くす青年が自分の従う王子の様子をうかがう。  ユリキュース王子は軽く目を閉じてから、すっと目を開けた。そして振り返る。 『私でよければ』  ユリキュース王子の表情は穏やかで、ガルディン王子の挑発など気にしていない様に見えた。その落ち着きぶりが却ってガルディン王子を苛つかせる。  その様子を困った様子で王子の召し使い達が見ていた。  近づくユリキュース王子を見て、召し使いの娘がスプーンに手を伸ばす。 『手を出すな』  召し使いを制してガルディン王子がにやりと笑う。  ユリキュース王子は申し訳なさそうにしている召し使いに微笑んで膝を折った。  スプーンを手に立ち上がりかけたその時、頭をぐいっと押さえ込まれて床に手を着く。手からこぼれたスプーンが小さな音をたてた。  ガルディン王子の手がユリキュースの頭を鷲掴みにしている。 「うわっ! 何よ、意地悪ね!」  思わず亜結は声をあげた。  ガルディン王子の手にちからがこもり、ぐいぐいとユリキュースの頭を床へ押し下げていく。  その場の誰も止める者はいなかった。 (くっ!)  ユリキュースはこれ以上頭を下げられまいと歯を食い縛り、静かに抵抗する。床に着けた腕がかすかに震えているのがわかる。 (ユリキュース王子!)  青髪の魔法使いは王子達に仕える魔法使いに忙しなく目を走らせた。 (ガルディン王子の魔法使いはなぜ止めない!)  睨む青年の目から逃れるように熟年の魔法使いは庭に目を向ける。知らぬ存ぜぬだ。 (付き従うばかりが魔法使いの役目ではないだろう! 導き手としての務めを果たせ!)  焦れた彼の声が亜結には聞こえていた。見てみぬふりをする回りの人に亜結も苛立ちを覚えて拳を握る。  椅子から立ち上がり体重をかけてユリキュースの額を床へ下げさせようとするガルディン王子。 『手じゃなく、(くわ)えて取ってごらんよ』  もう1人の王子が面白そうに言った。自分は手を出さず椅子にふんぞり返って、ユリキュース王子を見下ろしている。  彼の声を聞いてガルディン王子の顔に歪んだ笑みがこぼれた。 (なんて腹立たしい!)  亜結と青年魔法使いは同じ言葉を心で叫んでいた。  膝を折り(こうべ)を垂れる形になるだけでも屈辱的だろうに、頭を押さえつけられた上にスプーンを咥えろとはなんて酷いことだろう。
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