第8話 歓迎会

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第8話 歓迎会

 読書サークルの歓迎会の場所はジャズバーの2階。  オレンジ色の照明が店内にほどよい影を作り落ち着いた大人の雰囲気を生んでいた。その空間にジャズが流れている。会話の邪魔にならない心地よい音量だ。 「亜結ぅ、格好いいねぇ」  夢心地な声で姫花が言った。亜結の腕に抱きついてわくわくとしている。  階段を上がった2階は1階の半分ほどの広さで、手摺(てすり)越しに階下を見下ろすことができる造りになっていた。  ふたりは2階に上がってすぐの場所から(にぎ)わう階下を見ていた。 「新人さん?」  女の人に声をかけられて振り替える。 「はい」 「確か、部室で1度会った事あるわよね」  パンツルックで眼鏡をかけた落ち着いたお姉さんだ。 「あ、はい。備品の事とか教えていただきました」 「その節は有難うございます」  ハキハキと答える亜結の横で、姫花も営業マンの様に腰低く笑顔を向ける。 「そんなにかしこまらないで」  笑う彼女の頬がほんの少し赤い。既に一杯飲んでいるのだろう。 「空いているところ、どこでもどうぞ」 「はい、ウェルカムドリンク」 「ソフトでしょうね?」 「もちろん」  女の先輩が男子部員に確認する。新入生は未成年だからアルコールは厳禁だ。  男子の先輩が両手のグラスを亜結と姫花に差し出した。 「僕は黒川(くろかわ)(あゆむ)です。よろしく」 「僕は春田(はるた)(しゅん)」  差し出された手に握手をしていく。どちらもさっぱりと良い感じの眼鏡君。 「眼鏡率高いね」  姫花がそっと言った。  6人掛けのテーブル6つがほぼ埋まっている。 「後で自己紹介の時間があるから、しばらくは食事を楽しんでね」 「はい」 「会費は・・・・・・」  姫花が財布を手に確認した。 「大丈夫、しまって。新人さんは主賓だから会費は払わなくていいから」  ぺこりとお辞儀をしながら名前はなんだっただろうかと記憶を掘る。しかし、彼女の名前は出てこなかった。  亜結と姫花は階段に近いテーブルに座った。人を掻き分けて奥まで行くのは大変そうだし、手近な席が空いていたからだ。  ふたりの側を離れる彼女を目で追って、亜結は他のテーブルに目を走らせた。  秋守の姿は見当たらず、ほんの少し気持ちが沈む。 「秋守先輩は欠席ですか?」  ふいに離れた場所から()の人の名前が聞こえてきて、亜結の目はそちらに向いた。 「あいつテニスサークルの歓迎会とダブルブッキングだって、遅れるっていってたよ」  亜結と同じく耳をそばだてていた姫花が耳打ちする。 「亜結、残念だね」 「別に・・・」  少し口を尖らせて亜結は否定する。 「とりあえずさ、同級生のライバルよりは一歩先を行かなくちゃね」  姫花はそう言いながらテーブルに置かれたサンドイッチの更に手を伸ばした。  どのテーブルでも話が盛り上がっている様だ。雑談をしているテーブルもあれば、読書サークルらしく既に小説の話を熱く語り合っているテーブルもある。  想像していた大学の飲み会とは違って、全体的に静かな感じに亜結はほっとしていた。 (飲み会もこんな感じなら馴染めそうな気がする) 「はーい、ピザですよぉ」  店員ではなく部員らしき人が各テーブルへピザを配り始める。 「あ、座ってて」  手伝おうと腰を浮かせた亜結を引き留めて、同じ席にいた黒川と春田が立ち上がった。 「うふっ、率先して動く男子好き」  そんな事を言う姫花を見て亜結は笑う。 「今日は私たちお客様みたいなものだからね」 「はいどうぞ」 「有難うございます」  取り皿などを取ってきたり次々と先輩達が動く。 「このお店のスタッフは?」  姫花が黒川に訪ねた。 「ここはうちのサークルのOBがやってて、手伝う事を条件に会場のOKもらったんだ」 「へーっ」  言われてみれば、2階の両サイドの壁が本棚になっていた。 「騒がれるの嫌だから、パーティー系の予約取らないんだってさ。僕らは特別」  春田が自慢げに言う。  その後も良いタイミングで食事が出てきて黒川と春田が給仕をしてくれる。和やかに時間が過ぎていった。 「秋守先輩が来た!」  誰かのささやきに複数人の目が階段へと向いた。もちろん亜結の目も。 「遅いよ秋守。食べ物無くなっちゃうよ」 「ごめんごめん」  すぐに取り囲まれた秋守は会費を払い挨拶を交わす。 「秋守先輩こっちこっち! ここ空いてますよ」  彼の出欠を確認していた女子が、小さく手を振って自分の座るテーブルに誘う。 「ぶりっ子ライバルめ」  姫花が拳を握る。 「はい、追加の飲み物どうぞ」  ちょうどその時、黒川が飲み物を手に戻ってきた。 「あっ・・・」  亜結越しに秋守と目があって黒川が小さく声をもらす。そしてチラリと春田に目を向けた。  秋守は黒川が亜結にグラスを渡すのを見て近づく。 「ちょっと失礼」  そう言って、秋守は亜結が今受け取ったグラスを手に取った。 「あの・・・」  訳がわからず亜結は戸惑い、秋守の行動を見守る。  くいっとひと口飲んだ秋守の前で、黒川が春田と目を合わせて気まずそうにしていた。 「冗談かと思ってたのに、お前ら・・・」  秋守が黒川を睨む。 「いやいや、本当にちょっとしたジョーク」 「まだ飲ませてないよ。今これからってところだったから」  黒川と春田が言い訳を言う。 「席、替われ」  亜結のとなりの席に置かれた黒川の鞄を手に取り、秋守が黒川に押し付ける様に渡した。 「ラギさんに放り出されてもしらないからなっ」  秋守の一言にふたりが慌てる。 「ごめんごめん、ラギさんには黙っててよ」  手を擦り合わせる黒川がテーブルの奥の席に座り直す。 (ラギさんって誰だろう。部長さん? 店長さん?)  亜結と姫花は両者の様子に座ったままじっとしていた。  入り口に近い手摺(てすり)側の席、亜結の左隣に秋守が座る。 「ごめん。グレープフルーツジュースに見えるけど、これお酒入ってる」 「ああ・・・・・・」  なるほどそう言うことかと納得する。 「冗談だよ、ひと口飲んで気づくか賭けてたんだ」 「気づかなくてもひと口飲んだところでネタばらしするつもりだったんだ」  秋守はまだふたりを睨んでいる。 「酔わせてどうこうしようとかそんなんじゃなくてさ」 「なっ」 「ちょっとしたジョーク」  言い訳を続けるふたりに秋守が言った。 「乙葉さんを酔わせてどうこうしようとしたら許さない」  真剣な秋守に静かになるふたりとは逆に、亜結の心臓はうるさく騒いでいた。
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