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「でた、瑠輝の筋金入りのアルファ嫌い。俺と違ってオメガなんだから、もっと気楽に構えてアルファと恋愛してみればいいのに」
先に立つ莉宇には、ぐっと胸を押さえている瑠輝の異変には気が付いていないようだ。
余計なお世話だ、と言い返したかったがその胸の痛みにより、反論する気力を半ば失ってしまう。
莉宇はその隙を狙い、瑠輝の手を引くと生い茂った蔓薔薇の要塞の中へ無理やり潜らせたのであった。
瑠輝の顔や手に薔薇の棘が触れる度、チクリと小さな、それでいて鋭利な痛みが走る。都度、瑠輝は小さく悲鳴を上げるが、莉宇は構うことなくその険しい繁みの中を進んで行く。
「莉宇、痛いって」
「でも、瑠輝はそうでもしないといつまで経っても幸せに近付こうとしないだろう?」
「そんなことないよ」
「否、瑠輝はいつも自分から幸せになるのを諦めた顔をしてるよな」
莉宇に指摘され、自身がいつもそのような顔をしていたことを知る。
アルファと番うことも子を成すことも希望していない自分は、一見するとそう見えてしまうのだろうか。
そんなことない、そう言いかけて否定できない自身に気が付き黙ってしまう。
「ま、冗談だけどな」
おどけた口調の莉宇に、「へ?」とつい瑠輝は間抜けな声を出してしまう。
「瑠輝は元々の素材が良いんだから、もっと笑った方が可愛いよって話し」
後ろを振り返ることなく莉宇が言った。
「ちょっと莉宇、僕のことからかってるんでしょ?」
頬を軽く膨らませて瑠輝は言う。
「からかってないよ。瑠輝は学年一の美人さんだから、親友の俺としても鼻が高いよ。だからこそ、余計に誰よりも幸せになって欲しいし、シェルター暮らしのオメガだからって卑屈になって欲しくないんだ」
唯一の親友、莉宇からの心遣いに新たな別の胸の痛みがツキリと加わる。
確かに瑠輝は、高校から外の世界へ出るようになり「美人だ」と周囲から賞賛の声をかけられることが多かった。
自分ではあまり意識していなかったが、淡い茶色の髪、白く透き通った陶器のような肌。そして、今にも溢れ落ちそうなほど大きい濃い飴色をした瞳に、薄い小さな桜色の唇。
オメガの特徴として小柄な人間が多いが、瑠輝もそれで、男とも女とも違う中性的な魅力が自身にあることは薄々感じていた。
だがそれは、自身がオメガであることを否が応でも意識させられる出来事であり、吐き気がするほどの嫌悪事項だった。
だからこそ、莉宇の優しさを素直に受け入れられない自分自身を余計嫌いになってしまうのだ。
卑屈になるなって言われても。
瑠輝はそう思った。
オメガとして生まれきたこと自体を後悔している瑠輝には、どうやって他に幸せを見つければ良いのか。その方法が何一つ思い浮かばない。
通常、オメガはアルファと番うことで大半はその幸せを得られる。一般的にはそう言われているが、瑠輝を捨てた親のことを思うと決してそれが幸せな判断だと思えなかった。
そもそも、瑠輝を生んだ者たちがアルファとオメガ同士かさえも分からないのに。そう思うと、結局は莉宇の言う通りで、自分で自分をより不幸にさせているのかもしれないと自嘲してしまう。
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